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第7話 1月初旬 突然!暴れ出した3年生の男の子は、狐が憑いたのか? その3

    「はい。」

     陣代君は、胸の奥から押し出すように、大きな声で返事をした。 その声は、さっきまで黒板を叩いていた子の声とはまるで違う。 自分の意思で、自分の言葉を使おうとする声だった。(そう、そう。これが第一歩だ)私はゆっくり頷き、言葉を選びながら話し始めた。

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    こんなものを忘れてて「貸して」で、大事になる

    「君は、黒川君に“嫌だ”と言っていたね。でもね、あと二つのことができていなかったんだよ」

    陣代君は、真剣な目でこちらを見ている。学ぼうという感じはする。

    「一つは、黒川君が“消しゴムを忘れて困っているということに対して、助けるアドバイスをすること」
    「アドバイス?」
    「そう。提案だね。例えば『木戸先生に貸してと言ってみたら』とか」

     そのことは、すでに考えましたというように、陣代君は、即座に首を振った。

    「それはだめです。木戸先生は『忘れ物した人は、それで大いに困りなさい』っていつも言ってます」
    「そうか。それじゃ、その方法はだめだね」

    私は、少し考え言葉を続けた。木戸先生にも、アドバイスするかな。

    「じゃあね、今日の放課後に木戸先生に言ってみるね。『忘れ物をしたら、きちんと謝らせて貸す制度にした方がいい』って。忘れたら困らせる方法はね、困ってそれから頑張る子になるより、ものがないことでその後、やる気がなくなる子の方が多いんだよ」

    陣代君は、少し驚いたように目を見開いた。こんな先生がいるんだ。

    「忘れ物は、謝らせて貸した方がいいんですね。」
    「そう。困っている子がコミュニケーションを使って助かる方法を、教えてあげることの方が、困らせる寄り大事なんだよ」

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    忘れ物は、謝らして貸した方がいい

    私は、2つ目のアドバイスの方法について話し始め。

    「もう一つのアドバイスする内容としては、『反対側のクラスメイトに、頼んでみたら』という方法もあるね。それから、消しゴムを借りない方法としては、仕方がないから『2重線で消しておく』とか『間違ったことを覚えておいて、家で書き直す』という手もあるよ。」

    陣代君は、少しずつ表情が柔らかくなっていく。

    「とにかく、“嫌だ”という気持ちと、黒川君の困りごとを、言葉で話すことで解決しようとする気持ちが大事なんだよ。そうすれば、パニックになってわけが分からなくなることはなくなるんだ。」
    「それなら、狐憑きだなんて、悪口も言われないな」
    「そうだね。今までも、今日みたいなことが何度かあったんだろう?」

    陣代君は、うつむきながら小さく頷いた。その顔は、過去のいや場面を思い出しているようだ。

    「これからは、言葉で話せば、そんなことにはならないんだよ。絶対に」
    「絶対に?」
    「そう。絶対に。写楽先生の保証つきだ」

    陣代君は、胸の奥からふっと息を吐き、 そのあと、少し照れたように笑った。今の情報が、一番納得がいったようだ。

    「写楽先生、ありがとう」

     その声は、もう“嫌だ”の呪文ではない。 自分の世界を、自分の言葉で切り開き始めた子どもの声だった。渡り廊下の光が、二人の足元に静かに伸びていた。
     陣代君と並んで階段をのぼる。 さっきまで黒板を叩いていた彼が、今はただ普通の4年生として、私の横を歩いている。途中で、彼がふと聞いてきた。

    「写楽先生の名前って、どうして写楽なの?」

    私は少し笑って、歩きながら話し始めた。

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    シャーラックの樹木

    「両親がね、ネパールの山奥に旅行に行ったときに、甘い匂いのする小さな花を、雪みたいに降らせる樹木を教えてもらったんだって。 その樹の名前が“シャーラック”。 二人はその木の下でキスをして、日本に帰ったら私が生まれたんだ」

    陣代君は、目を丸くして聞いている。

    「幸せっていうのは、このこのことだったんだって思ったらしいよ。だから、その樹木の“シャーラック”に因んで私の名前が付けられたんだ。『写』と『楽』は当て字だね」
    「そうなんだ……」

    陣代君は、しばらく黙って歩いていたが、 やがてぽつりと言った。

    「道理で、天から降ってきた先生の『分かったよ。なにか、嫌なことがあるんだね』って言葉、甘い匂いがしたんだ」

    私 は思わず足を止めた。 彼の感性は、時々こうして、物語の方から世界を見ている。

    「そう感じたんだね」

    陣代君は、照れたようにうなずいた。南館の階段を上りきり、4年1組の前に着く。 扉を開けると、クラスメイトたちが口々に叫んだ。

    「狐がおちた!」 「写楽先生が退治したんや!」

    陣代君は、すぐに言い足した。

    「写楽先生に狐を退治してもらったから、もう狐はつかないよ!」

    (言葉にするのはいいことだが、その言い方は私の妖怪ハンターの設定を強化してしまうな。まっ、今日のところはいいか)私は心の中で苦笑しながら、教室の中へ彼を送り届けた。陣代君は、席に戻る前に一度だけ振り返り、 小さく手を振った。その仕草は、 “嫌だ”の呪文を言っていた子のものではなく、 自分の世界を言葉で扱えるようになった子のものだった。

     木戸先生には、授業中なの、陣代君と話した内容を手短にさっと説明した。 忘れ物の貸し出し制度についは、もう少し時間の取れる放課後に丁寧に説明するつもりだ。そして、原因となった黒川君にも何らかの支援が必要なので、 「放課後に保健室へ連れてきてください」 とお願いした。

    木戸先生は、未だ血が止まらない鼻を押さえながらも真剣に頷いた。そのときだった。

    「写楽先生、校長先生から伝言です」

    木戸先生が、少し顔をこわばらせて言った。

    「『運動場の見える階段に座って、4年生と何をしているか報告しに来なさい』とのことでした」

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    恐ろしい!

     一瞬、背筋が冷えた。どうして、あの渡り廊下の階段に座っていたことを知っているのだろう。 望遠鏡でも覗いているのか。 それとも、なにか特殊な能力でも── いやいや、そんなはずはない。だが、校長先生は時々こうして、 “どこかで見ていた”ようなタイミングで声をかけてくる。(あの人は、学校という生き物の呼吸を、どこかで全部聞いているのかもしれない)私は心の中でそうつぶやきながら、 急いで校長室へ向かった。

     校長室前の廊下の空気が、さっきまでの陣代君との静かな時間とはまるで違う。 足音が、やけに響く。校長室の扉の前に立つと、 中から電話の受話器をちょうど置く音が聞こえた(電話の好きな校長だたのを、思い出した)。まるで、私が来るのを知っていたかのようなタイミングだ。私は深く息を吸い、 ノックをした。

     この物語は、ここでひとつ区切りを迎える。 だが、写楽先生の長い一日はまだ続いていく。校長に、何をいわれることやら。

     狐憑き事件、解決


    ※以前のお話を読みたい人は、下記のマガジンからどうぞ。


     
     
    私は以前、学童保育を子育ての一貫、つまり「育てる」という観点で運営していました。その実践を1998年年度の1年を通して書いていきます。内容は事実を元したフィクションです。その他、楊家太極拳のこと発達障害グレーゾーンを理解するミニストーリー、雑多な記事等も挟んで掲載していきます。

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