
恋愛掌編小説 『蝸牛』
朝、登校してきた彼女の元気がない。
よく見ると、いつも手や腕に這わせているカタツムリの姿がない。
「いなくなったの?」そう尋ねると、彼女は「冬眠に入っちゃった」と俯く。
昼間はまだ汗ばむこともあるけれど、朝はめっきり肌寒くなってきた。きっとそのせいだ。
「春まで寂しいね」と言うと「うん」と小さな声。
紫陽花の花が綺麗な頃に仲良くなった彼女と、二人で出かけるときは、いつも水場の近くだった。彼女は必ず霧吹きを持ってきて、カタツムリが這う手や腕に、こまめに水を吹きかけていた。彼女の指先から、腕に残る水滴まで、私はよく覚えている。
…これからは、そんなことを気にせず、乾燥した場所にも出かけられるかな。・・ふと、そんなことを考えた。
彼女は、長袖になったブラウスの腕をそっと撫でている。そこにカタツムリはいない。少し楽しみにしていた自分がなんだか嫌になった。
「私も炬燵で冬眠しようかな」そう言って、彼女は机に俯せた。
夏の間、閉め切っていた窓から秋風が吹き込んでくる。柊の香りの風は、いつもならしっとりと感じる彼女の香りを、今日はサラサラと運んできた。
彼女の腕に、今カタツムリはいない。
でも、そこに友達としてしか触れることのできない私は、いつもと何も変わらない。
「早く春になると良いね」
そう言いかけたとき、朝のHRのチャイムが鳴った。
(了)
下記、きのこ書店、kei様の企画に参加させて頂きました。