メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bytorao3

金束子(かなたわし)

     朝、職場へ向かうバスで、傍に高校生の男女が立った。この二人はいつも自分の席の傍に立つ。別段付き合っているわけではなさそうだが、仲は良い。
    「……髪、長いね」
     男子が訥々と言った。
    「え? あたし?」
    「そう」
    「これで校章着けてないのが隠せるんだ。へへへ」
     女子が、髪で隠れた襟の辺りを指して笑う。
    「ないの?」
    「失くした」
    「まじ?」
    「落とし物で出てたら真っ先に取ってこようと思ってるけど、赤いのが意外にない」
     校章ぐらい買えば良さそうなものだ。そうしないで落とし物を狙うとは、どうも性根の悪い女子である。

     自分の高校時代は詰襟の学生服で、その襟に校章ではないけれど校名の入ったバッジを着ける決まりになっていた。
     バッジは赤・黄・緑の三色があり、入学した年で順番に割り当てられる。自分らは黄色だった。黄の地に校名が書いてあり、フチが白い。何だか茹で玉子の断面みたいな案配で、どうも黄色が一番格好悪い。
     同級の上山に「これ、一番格好悪いのぉ。茹で玉子みたいじゃ」と言ったら、「ほぉ」と感心したようだった。ただし上山は何を云ってもそういう調子だったから、本当に感心したかはわからない。
     バッジのお陰で、何年生かが一目でわかる。校内で悪さをしたら、バッジとクラス写真で特定されるシステムだったのである。
     やっぱり同級だった大沼が入学早々に売店のパンを盗み、このシステムでまんまと捕まった。大沼は錆びた金束子みたいな髪型をして面構えも見るからに悪そうだったから、特定も容易だったろう。
     大沼とは二年生で同じクラスになった。悪そうな癖に存外真面目で、球技大会などの行事で随分熱くなる。自分はそういうのは面倒なばかりで、適当に流したい。だから大沼のことはどうも苦手だった。
    「百君、わし、優勝したいんよ」
     合唱コンクールのスタンバイ中に、大沼がぽそっと言って来た。
    「そうか」
    「最低でも準優勝はしたいねぇ。そしたら文化祭で歌えるけぇねぇ」
     優勝と準優勝のクラスはコンクール後の文化祭でも歌う決まりだったのである。そんなことになってはいよいよ面倒なので、同意もできず、返答に困った。

     
     
    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

    あなたへのおすすめ