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Photo bysubarasikiai

井上の強行突破、餅

    【前回の話】

    「百さん、私はこれから土産を買いに行くね」と陳さんが言った。その日は午後から用事がなかったのである。
    「それなら俺も行くよ」

     ホテルの周りには大した店がないので、少し離れたデパートへ行くのに地下鉄を使った。
     切符を買って自動改札機を通るのは日本と同じだったけれど、改札機は随分武骨である。背が高く、角ばっていて、扉も日本のより大きい。昔、井上が阪急の改札機を強行突破したけれど、相手が北京の改札機だったら、そういうわけにはいかなかったろう。

     デパートで北京ダックを買おうとしたら、「それは日本に持ち込めないよ」と陳さんに止められた。
    「持ち込めない?」
    「肉は駄目ね。税関で見付かると没収されるよ。運が良ければそのまま通れるけど」
     運が悪くて無くなる土産ではつまらない。そもそも法に触れるような物を敢えて持ち込むこともない。これはきっと買うべきでないと諦めた。
     それで代わりに月餅をレジの若い女子店員へ渡したら、女子は別の箱も一緒に袋へ入れようとした。
    「陳さん、あれは何だい?」
    「ん、ちょっと待って」
     陳さんは女子に中国語で問い合わせ、「サービス品のことね」と教えてくれた。女子が蓋を開けると、中身は日本の羽二重餅のように見えた。随分立派なサービス品である。
    「どうもありがとう」と言ったら、陳さんが「シェシェ」と訳した。それぐらいは自分で言えばよかったと思い、改めて「シェシェ」と言うと、女子は中国語で何だか返して来た。「どういたしまして」という事らしかった。
     サービス品はホテルに戻ってから自分で食った。甘いのか何なのかはっきりしない薄味で、残念ながら一向美味くない。そうして随分固くてぱさぱさしている。どうやら餅ではないようだった。


     
     
    随筆家。日常をそれっぽく書いたり、気持ち悪い話を書いたりする。 著書∶『牛おばさん・他49篇』 パスタ屋店長、人材派遣屋、メーカーのEC担当など種々の職業に就く傍ら、2003年よりウェブ上で執筆活動中。

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