メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bykomaki_kousuke

月を見る|シロクマ文芸部

    月を見る。
    私の親友と、私の好きな彼が、今その月で新婚旅行を楽しんでいる。

    見上げた十五夜の月が、殺風景なビルの屋上を明るく照らしている。
    吹きつける風に、薄いカーディガンの前を押さえる。手すりに触れた指先が、ひやりと冷たい。


    「ねえ、彼のこと紹介してよ」

    親友からそう頼まれたとき、私は断れなかった。

    同じゼミに通う彼を、私はいつも目で追っていた。笑うと目尻に小さな皺ができる、優しい表情が好きだった。

    自分の気持ちも上手く伝えられない私と違って、親友は華やかで活動的だった。
    二人が付き合い始めたのは、当然のように思えた。

    大学を卒業して社会人になると、二人はすぐに結婚を決めた。

    「全部あなたのおかげだね!」

    そう言う親友に、私は笑顔で「おめでとう」と返した。

    結婚式はフォトウェディングだけにして、浮いたお金で月へ新婚旅行に行きたい。
    そんな願いも、親友はちゃんと叶えた。

    「お土産は何がいい?」

    「じゃあ、月の石で」

    「えー、そんなのでいいの」

    出発前、カフェでお茶をしたとき、親友はそう言って笑った。

    「じゃあ、行ってくるね」

    手を振る彼女を、私は見送った。


    私はスマートフォンを取り出して、今朝親友から届いたメッセージを開いた。
    カメラにピースサインを向ける二人の写真。
    背景の大きな窓の向こうには、どこまでも続く荒涼とした月の景色が広がっている。

    6分の1の重力が、二人をふんわりと包んでいる。

    私はカメラロールから、一枚の写真を選んだ。

    二人の結婚が決まってから、私は彼と体の関係を持つようになった。
    彼の些細な下心を、私は刺激して、彼を押し倒した。

    「やっぱり、こんなのよくないよな」

    そう言う彼に跨って「大丈夫だよ」と笑って見せた。

    「私はすごく幸せ」

    そう、耳元で囁いた。

    彼が眠ったあとも、私は彼を見つめていた。
    彼にも自分にも、私は嘘をついた。

    どうして私を選んでくれなかったの。
    どうして私から大切なものを奪っていくの。
    どうして私は、こんなことをしてしまったの。

    送信ボタンを押して写真を送れば、このどうしようもなく重たい地球の重力が、二人にも届くだろうか。

    私は押してしまった。

    すぐに既読がつく。

    私は月に向かってスマートフォンを投げた。
    ビルの手すりに足をかける。

    ここから一歩踏み出せば、9.8の重力加速度で、私の体は砕け散る。

    罪悪感は、どうなるのだろう。

    見上げた月が、遠くなる。

    小牧さん、シロクマ文芸部の皆さん。
    今回も参加させていただきます。
    いつも素敵な安全地帯をありがとうございます。

     
     

    nami

     
     
    自分の中にあるイメージを誰かに伝えてみたくて、創作の世界に迷い込んでしまいました。 あれこれ試してみては、これでいいのかと右往左往しています🤣✨ クスッと笑えたり、ちょっとグッときたり。 そんなふうに、誰かの心に届くものが書けたらいいなと思っています。

    あなたへのおすすめ