
師匠の言葉 1-3 『あー、疲れるだけ~』
私には、師匠が3人いる。
その第一の師匠が、20代を過ごした診療所の院長M先生だ。
そのM先生の診療所では、1日14時間前後、過ごしていた。
当時勤務していたM先生の診療室のバックヤードには、大きなホワイトボードが置かれていた。
「歯医者です」と一応名乗れるだけだった新卒の頃の私は、診療の合間にこっそりバックヤードへ駆け込んでは、M先生に治療の手技を教えてもらっていた。
M先生が、ホワイトボードに大きな図や絵を描きながら教えてくれたおかげで、私は患者さんに悟られることなく(いや、バレていたこともあるだろう)、なんとか日々の診療を進めることができていたのだ。
また、理不尽な要求や訳のわからないクレームを突きつけてくる患者さんや、いきなり喧嘩をふっかけてくるような患者さんもいた。
私自身に問題があったことも否めないが、いつものホワイトボードの前で、どう立ち回り、どう対処すべきかを、M先生は的確にご教示してくれた。
私にだけではない。
理不尽な言葉は、時にベテランのM先生にも降りかかってくる。
そんなクレームや要求を言われ、一通りの状況整理、アドバイスが終わったあと。
ホワイトボードの前で、M先生が必ず口にする、決まり文句があった。
「あー、疲れるだけ〜」
何とも言えない、絶妙に呆けたような、ほんの少しアホっぽい表情を浮かべながら私にそう言うのだ。
深刻になりかけていた私は、その顔を見せられると、どうしても笑わずにはいられなかった。
患者さんに理不尽ないちゃもんをつけられても、喧嘩腰で詰め寄られても。
嵐が去ったあとに、M先生の真似して「疲れるだけ〜」と小さくつぶやいてみる。
すると不思議なことに、胸の奥にたまっていた嫌な感情が、たちどころにアホらしくなり、どこかへ吹き飛んでいくのだった。
(もちろん、あの「やれやれ」と言わんばかりの、ちょっとだけアホな顔はセット)
年月を重ねた今でも、この言葉はずっと【私の心のお守り】であり続けている。
もし、日々の仕事で「どうにもならない相手」に遭遇して消耗してしまったら。
ぜひ一度、試してみてほしい。
嵐が過ぎ去ったあと、ほんの少し気の抜けたアホな顔をつくって、そっとつぶやくのだ。
「疲れるだけ〜」
私の師匠直伝の、とっておきの魔法の言葉。
張り詰めていた肩の力がふっと抜けて、きっと、あなたの心も軽くなると思う。