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劇場版 モノノ怪 第三章『蛇神』感想とある個人の話

    注意事項

    怪~ayakashi~からのモノノ怪ファンによる『劇場版 モノノ怪 第三章 蛇神』の感想文及びその個人の人生譚です。
    自身の"憑き物落とし"として、この奇妙な人生にどうモノノ怪が刺さったのか書いてみることにしました。
    ネタバレは困る方、個人語りにご興味ない方はここでお戻りください。

    小説は未読、6回鑑賞後の感想文です。
    観た方は分かると思うのですが鑑賞後たびたび記憶喪失になるので記憶違いがあったらすみません。
    賛否分かれている例の声優の件にも少し触れますが、私は"公式が是とするものに従う派"です。あらかじめご承知おきを。
    ここに書かれているものはあくまで現時点での私個人の感想であり、他者の意見を否定する意図はありません。

    感想(各キャラクターの印象など)

    幸子様

    本作の主人公、幸子様。
    確か中村総監督曰く「ご令嬢で世間知らず」とのこと。視聴者目線最も共感しやすいキャラクターだったんじゃないかと思います。
    とても"普通"で、恋する女の子。夫婦は愛し合うもの、愛し合う者との間に子供を授かる、子育ては母がするもの…王位継承争いは歴史上どの国も血みどろで醜い争いを繰り広げるものですがその中でこの"普通の感覚"を保ちながら御台所という地位にいるのはさぞ苦しかったろうと思います。だからこそ三代目御台所に「私と同じ。」と共鳴したんだと思います。
    嫌味でもなんでもなく、両親や周囲に本当に愛されて伸びやかに育ったんだなと。カワも常磐井もやり方こそ最悪だけど全部幸子様を想っての行動だったから。
    ただ、三代目御台所との違いはあの大奥で"自分の軸を保ち続けたところ"、"母になろうとしたところ"なのかなと感じました。
    同じく恋する女の子の三代目御台所は、もはや"依存"と言っていいレベルで天子様さえいてくれればよかった。自分は天子様のためのことだけをして、天子様にも同じようにしてほしかった。たぶんだけど、子供は授かれればいいやぐらいで母になりたいという感じではなかったように思う。
    百目の空間を経た後、それまで幸子様は赤ん坊をずっと抱いていたし守っていたけど、構う描写はないか、描かれていなかった(大広間でお乳をあげるシーン等)。生まれて間もないのに「生まれたくなかった」とこぼす赤ん坊に一緒に生きてくれるか問い自信なさげに「ダメかな、ダメかなぁ…」と頬をツンツンしながら聞いて、実は死産した方なんじゃないかと怪しく思えてくるほど何も反応しなかった赤ん坊が大声で泣くシーンは6回中6回泣きました。私は大人なので静かに泣きましたが。

    天子様

    もう一人の主人公、天子様。
    唐傘、火鼠通してセリフも登場シーンも少ないのであまり彼の性格が分からなかった(火鼠に至っては姫様の後見人を話し合う場で「僕は関係ありません」みたいな顔してるのなんやねんとも思った)ので今作で彼の人となりや、どうしてあんなに冷たくて無気力な感じなんだろう、というところの理由が分かってよかったです。
    個人的に一番共感したキャラクターです。
    女中が死んだことを聞きに行ったり、薬売りが飛び込んできたシーンで咄嗟に刀を抜こうとするも「薬売り!」とおフキ様が叫んだのを聞いて抜かなかったのを見るに全然聡明な方なんですよ。やる気は微塵も感じないけど政に関わる身としての責務を果たそうと彼なりに思ってるんだろうと思います。でも水光院様には「あなたには関係のないことです。」と言われるし北斗はもう友達でいてくれないし自分のことは"種馬"としか思えないしで自分の存在意義って…となるのは無理ないよなぁと感じるところです。
    「私は天子なのだ。これ以外の生き方を知らぬ」と幸子を幸せにできないと告げるシーン。それにしたって幸子様への態度どうにかならん?という意見も分からなくはないです。優しさや情はないのかと。でも彼にとっては"種馬"として、夫婦としての義務を果たしている時点で優しいのかもしれない。でも彼は"天子"で"それ以外の生き方"を知らない。幸子様のように"夫婦は愛し合うもの"と思えない。私自身、天子様寄りのタイプで人と人が愛し合うことがよく分からないまま生きてきたので、あまり責めないであげてほしいな…と思うところです。

    「その赤子は私と同じです」「もうよい」「真の種馬」「穢れている」
    こんな感じで終始悲観的でした(自己肯定感というんですか?)が、蛇神の腹の中で水光院様が取り換え子を指して「穢れたもの」と言い放ち、それに対して幸子様が「この子に罪はありません!」とはっきり言い返したことで、天子様はずっと欲しかった言葉を貰えたのではないでしょうか。その言葉があの日止まってしまった彼の時計を動かしたように感じました。

    水光院様

    「御台所が御世継を産むのは三代目御台所以来」と常磐井が言っていたことから水光院様は元々御中臈なんでしょうね。
    水光院様的には男子が産めたもん勝ちでそのために御水様への信仰は欠かせないということなんでしょう。とても信心深く、大奥を体現しているような方だと思いました。幸子様に男子を産んでほしい気持ちはあるけどそれはそれとして御水様のお水を飲めなかったことがずっと許せず、だから「尊き子種を無駄にした」と産んで間もない女性に言い放つことが出来る。現代から見てこんな最悪な姑はいないでしょうね。
    ですが"国を統べる方の母"として、水光院様の姿勢は特に奇妙なところはないと思います。天局寄りで天下泰平の世のためを想い、政における自身と息子の地位を案じておられる、この劇場版での一貫としたテーマ『合成の誤謬』の重要なひとつを表しています。
    それでもやはり"ただの母"としての側面も持っていて、水光院様の元を訪れた天子様への声はとても柔らかくて優しい母のものでした。これはもう榊原さんの演技力に脱帽です……舞台挨拶で収録後2,3日寝込んだとおっしゃっておられましたがそれは本当にそう…

    溝呂木北斗

    溝呂木北斗もはずせませんね。
    目の色が天子様と一緒だなぁとは思ってましたし、二日月三日月がメイクもあって似てるなぁとも思っていましたがまさか親戚にあたるとは。
    彼は天子様に真実を告げたことをずっと悔やんでいました。それはそう。自分のひと言で友達の人生を大きく変えてしまったのだから。
    "あの時あんな事口にしなければ"とずっと後悔している。だから天子様と友達ではなくなって、お互いの立場を重んじて距離を取ったけどそれは天子様を一人にすることと同じで、でも悔いて自分を罰する方が上回った。でも天子様にとってはそれはただの"真実"でそれ以上でも以下でもない、北斗が何か悪意をもってしでかしたわけでもないから許すも何もないのかもしれないですね。ただ、友達に隣にいて欲しいその辺にいる普通の少年なんです。
    それをたぶんずっと天子様は北斗にアピールしてたと思うんですけど北斗のガードが硬すぎた。許せないのは天子様じゃなくて北斗本人だった。それが北斗にとってのモノノ怪だったんだと感じました。
    ところでショタ北斗が奥医師に飲まされてた丸いの、あれなんなんですかね。丸薬に見えますが。飲んだ直後に御水様もとい天局が見えるようになったので天局のミイラから取ったとか…?ミイラは薬だったらしいですし。

    天局

    天局。ラスボス。
    2番目に共感したキャラクターです。予想外でしたが。
    乳母が正妻よりも強い権力を持つことは歴史上珍しくなく、天局の主張は未来永劫続くこの国のため、世の太平のためを思えば真っ当に感じた部分です。それが彼女の正義で、しかし正義は時に人を傷つける。天子様への愛を貫いた三代目御台所はそれに耐えられなかった。
    溝呂木朔に「水は幸せなのでしょうか」と問われ「しあわせ…?」とそんなこと聞かれるなんて思ってなかったような反応だったり、顕現した後、坤に「なぜお前は、お前を守らない!」と突き付けられ自らもまた百目の一人だったと思い知らせたりしたところを見るに、自身の幸せを追求した三代目御台所との相性は最悪極まりないと言えるでしょう。
    実際見据えたものがあまりに遠く、大きい。並みの人間には到底不可能なのではないでしょうか。それを表現するためなのか天局は全く見た目が変わっていません。天子様の乳母ならかなり年上のはずですがいつまでも少女のようでした。
    何が彼女をそうさせたのか、あるいは最初から大局を見据える器だったのかは描かれていませんが(小説版に書いてあったりしないかな)、しかし「私は水になりたいのだ」という明確な形を持った願いは、裏返すと"みんなに求められたい"になるんじゃないかと思っています。
    人間は水なしでは生きていけない→人間は水を求める→求められる存在になりたい→水になりたい
    なのかなと。
    TV版含めかなり特殊なキャラで、曲がりなりにも信仰を集め神になったわけで。坤の後ろを取った時の坤の表情が忘れられません。

    筆者の"憑き物落とし"として

    この章は筆者のこれまでの人生を通して、本作がどう刺さったのかを書き連ねていきます。
    他人の人生になど興味がないという方は飛ばしてください。
    もしかしたら珍しいかもしれないこの人生を覗いてみようかな、と思った方には暇つぶしくらいにはなるかもしれません。

    怪~ayakashi~から観ているので、ざっと20年追っていることになりますか。
    ずーっと好きな作品ですが、実はどの話も私個人の人生にはかすってもいません。
    例えば『のっぺらぼう』
    母親の歪な愛情に圧し潰された女性が、自分の軸を持てず、自己肯定感激低になった結果、面を忘れたモノノ怪・のっぺらぼうになるお話。シリーズ中最も女性の共感を呼んだ話ではないでしょうか。
    皆の共感を集める理由は理解できます。多くの女性が(男性もいるでしょうが)子供時代も、大人になってからも苦しめられることになる事実とその社会構造を理解しています。
    でも自分事ではありません。確かに私の母は歪でしたが、その中で私は成長と共に軸を持つようになり、私は私、あなたはあなた、と自己肯定感に響くような比較をしない人間になりました。なので、皆の苦しみは理解できますが、本当の意味で共感できることはないのです。

    こんな感じで他の話も似たようなもので、なんとなく距離を置いて比較的客観的な立場で、烏滸がましい言い方ですが薬売りに寄った立場で見ていました。これは『唐傘』『火鼠』においてもそうでした。
    それが『蛇神』は違ったのです。
    20年刺されずに観れていたのだから今回もそうだろうと全く無警戒でした。
    自分の人生は多少特殊かもしれない自覚はありましたので。
    シンプルにこの大奥での結末を、坤の薬売りの幕引きを見届けたかっただけでした。それがこんなところで滅多刺しにされるとは誰が予想できたでしょう。

    私に刺さったのは『天子』『取り換え子』『天局』です。
    私の生い立ちを語りながら、どう刺さったのかを話していこうと思います。

    穢れている

    私の母は台湾人です。父は日本人。つまり日台ハーフです。
    母の家は大きく、家系図で追えるだけでも2,000年はある連綿と続く家系です。対して父の家は資料が少なく、位の低い武家だったのでは?という憶測があるだけです。
    母は家をとても誇りに思っていました。事あるごとに「〇家(母の旧姓)では~」「さすが〇家の子だ」「さすが私が産んだ子」「〇家の血統でこうなるはずがない」と言いました。全部誉め言葉です。
    幼い私はそう言われて誇りに思いました。単純に褒められて嬉しかったのです。台湾の豊かな自然と極彩色溢れる道教の世界で、このように言われてはにかむ私を親戚中が見て微笑んでいたのをよく覚えています。

    それだけならよかったのですが、そうはいかないのが世の常。
    母は父と父の家を卑しく思っていました。そこまでではなかったとしても、馬鹿にはしていた。
    (自分で選んで結婚したんじゃないのか)
    と思いましたが夫婦喧嘩に入っていけるほど勇ましい子供ではありませんでした。
    そして、母は父の文句を私に話す時、「あんたの父親はね、」から話始めることが多かった。これは、後に話す出来事と相まって魚の骨のようにひっかかるようになりました。
    また、母は父に公的な場で書類を書かせようとしなかった。字が汚かったから。字をいかに綺麗に書けるかに知性が表れると信じる母は(そんなことはない。院卒だけど9割8分字が汚かった。私も汚い)父の字を人様に晒すなんて恥だと思っていた。母方の祖父の葬式の時、母は私に父の世話をするように言った。それは問題ない、だけど、次に母が発した言葉に私は凍りついた。
    「私にもプライドがある。お父さんの字を見られたら足元を見られる」

    ちなみに、私は日本育ちで、小学校では"外人"という理由でいじめられてました。
    「外人こっちくんな」「外人汚い」等等…
    片田舎なので、そういうこともある。
    大人になった今ならそう思えますが、世界が狭い子供時代はとにかくつらかった記憶しか残っていません。
    母は父を卑しく思っていて、学校では母の血によってあしらわれる。
    …どちらの血も受け継いでいる私は?一体何者なのか。本当に尊いの?
    「穢れている」
    お前か、私か。
    天子のこの台詞は、幼い私が溢した言葉と同じでした。

    産んでほしくなかった

    母はよく「あなたは望まれて生まれてきたの」「女の子が欲しかった。だからとても嬉しい」「あなたは恵まれてる」と私に言った。
    とても良い母親だと思う。料理がとても美味しくて、経済的にも大抵のことはやらせてもらえたとも思っている。
    だからこれは、母の想いを受け止められなかった私が悪い。

    母は虐待のサバイバーだった。下の弟妹を守るために矢面に立った母は自分の家庭では理想の愛にあふれる家族を作ることに執着していた。
    なぜ知っているのかというと、母が言うことを聞かない私に毎度滔々と話して聞かせたから。
    「お母さんはこんな目にあって何もさせてもらえなかったけど、あなたは何でもできる。その機会を棒に振る気?」「恵まれてるのに、どうして口答えするの」「自分のこと可哀想だと思ってる?私の方が可哀想」
    よく殴られた。でも、子供なんて殴られるものだったので、当時は。そんなに気にしていない。
    実際私は恵まれていると思っている。勉強と習い事を詰め込まれてキツイと感じても、機会を作ってもらってるんだから頑張らなきゃと思った。

    飛んで別の場面。
    私の、母の家での立場が変わってきた。
    私が華語(台湾で話される中国語)を話さなくなってきたこと、家父長制的な側面として、父が日本人である以上私も日本人として一族内で強調されるようになったことで、私の立場はよそ者のそれへと変わっていった。
    結局、私がどれだけ努力しようと異国の血が混じっているのなら無駄だったのだ。
    何が「〇家の子」だ。血の前ではどんな努力も無駄じゃないか。皆が欲しいものはなんだ。理想を引き受けてくれる従順で愛溢れる娘、異国の血を疎む本家筋、母が恐ろしくて私から逃げた父…
    誰も彼も、"私"を見てくれない。
    「生まれたくなんてなかった」

    天下泰平の世のため

    紆余曲折あったが、私は無事大人になった。
    母の理想からは程遠いが、とにかく自分ひとり分は食っていける職にもつけた。どちらかというと人間嫌いの性分だが、高校からは楽しい学校生活を送れたと思うし、人あしらいも出来るようになった。

    ひとつ、問題があるとすれば私には"恋"にあたる感情がないことだ。
    私に恋する人は何人かいたけれど、私の何がそうさせているのかは分からないし、返し方も分からなかった。
    「おはよう」と言われたら「おはよう」と返す。
    微笑まれれば微笑み返す。
    親切をもらったら私も親切を返す。
    私がしたことはそれだけだった。誰が相手でも同じ。今思えば、"個人"を見ていなかった。

    大学生になると、社会学に熱中していった。
    よりよい社会を考えるのは楽しかったし何より充実していた。
    私の討論は好評だった。人の提議を批評し、問題点を取り上げ、改善の候補を羅列する。いつもの流れだった。(もちろんうまくいかない時もあります)
    ある日普段とは違うコミュニティでのディスカッションがあった。いつも通りにディスカッションに参加すると、担当教授にこう指摘された。
    「舜さんの指摘は的確で遠い未来のことまで考えられててとても素晴らしいんだけど、それは正論としてじゃないと通用しないものじゃないかな。もっと"今存在している個人"を見る視点を増やしてみないか」

    正直大したことは考えていなかった。本当に。
    未来に続くように~、だとか、平和のため~、とか。そういうことは何も。
    何も考えてなかったけど、私の意見はいつの間にかそうなっていたらしい。
    学術界から市井に身を置くようになって、「正論なのは分かるけどさ」「それは正論であってあなたの意見じゃないでしょ?」「正論ばかり言わないで」と言われることが増えた。
    正論ばかり言うのは本当にごめんとしか言えないのだけど、正論であってあなたの意見ではない、とは…??と思う時はある。
    「水になりたい」
    なんて仰々しいことは思ったことないけど、なんとなく、自分の幸せを答えられなかった天局に近しいものを感じている。

    以上、本作でやっと(?)滅多刺しにされた者の半生でした。
    数奇な人生らしいとは思っているので刺さらないことが基本なんですけど刺さるとこんなに苦しいんですね…知らなかった…
    気を抜くと三代目御台所と同じくらい泣き叫びそうです。
    まぁ、ゆっくり、自分の情念と向き合っていこうと思います。

    離の剣

    ストーリーの話がぶれっぶれになるのが嫌で彼の話は最後にしようと思っていました。
    改めまして、離の薬売り!おかえりなさい!
    TV版から追ってる身としてはこう言うしかありません。本当に色んなことがあったけど、また会えてほんとうに嬉しかった。泣いた。もちろん。
    出てもおかしくはない思っていました。あれだけお膳立てされていれば。でも姿が一瞬映るだけとか、着物の裾や剣だけがカットインする描写で終わるだろうと思っていました。声優騒動はかなり大きかったですし、あれだけはっきり降板させた理由を告げたのだから、もう彼の旅を見ることはできないだろうと。
    それがなんと喋った。ミーム化した某ファストフードのCMばりに叫ぶかと思いました。
    装飾が少し変わっていたり、ハイパーの衣装がボロボロだったり、彼らもこの本作までの時間は空白ではなく、モノノ怪退治に励んでいたのかなぁと思うと、19年、長かったなぁと感慨深いものがあります。

    初回は彼に会えて嬉しい反面、複雑な気持ちもありました。
    「あれ?言ってることと違くない?」と。
    現時点で賛否がかなり分かれているのは知っています。かなり激しく、ファンを分断するかのように。
    内容は見てないけど。病みたくないし。近々モノノ怪が生まれそうだし。
    こうなることは公式も想定済みでしょう。たくさんの葛藤があった上で踏み切った。それはファンの想像を絶するものだと私は捉えています。
    私は、公式が是とするなら受け入れる立場を取ります。

    上記以外にも受け入れることを選んだ理由が2点あります。
    一つは、パンフレットに掲載されている神谷氏と中村総監督のインタビューです。
    百目を二人で斬る、その判断を神谷さんに委ねた。神谷さんが断ればなくなる案だったがこれは何も神谷さんに丸投げしたということではない。提案するまえに様々な人と一緒に悩んで悩んで悩み抜いて、その上で神谷さんに最終判断を任せた。神谷さんがNOと言えばその悩み抜いた時間はなかったことになるのです。それでもいいという覚悟が決まっていたと私は感じました。それなら、いいでしょう。坤役がOKと言ったのですから。

    二つ目は、離が坤と共闘し斬ったのは『百目』のみ。
    声優の降板理由は調べればすぐ出てくるのでここで詳しい話は割愛しますが、とにかく離は大奥由来のモノノ怪『唐傘』『火鼠』『蛇神』には関与していませんし、『百目』は見ての通り、大奥の枠では収まらない、この世に生きるすべての者の情念によって構成されています。『蛇神』を斬ったすぐ後にそんな強大なモノノ怪を一人で斬るには手が余るのは道理です。大奥の情念に向き合い救済したのは坤の薬売り。その後に現れた世界を巻き込むモノノ怪『百目』と対峙し、手を貸したのが離の薬売り。公式の声明とも矛盾していないのです。よいではありませんか。

    結

    言いたいことの半分も言えてない。
    なんて稚拙な文章なんだろう。
    3人娘は変わらずかわいいし坂下殿は天秤ちゃんそのまま養子に迎えてあげてほしいし木村は力持ちすぎて惚れるし須藤はビビったと思ったら容赦なく蹴るし浅沼は可愛いしアサちゃんはしごできすぎだしボタン様は理想の上司すぎるしおフキ様ふところでかすぎるしツユはみんなのママだし藤巻は当て馬だし月月双子正義だしカメちゃん字うまくなってるし三郎丸もうちょっと出番欲しかったね平基お前ぐらいだよそんなラフに天子様に話しかけられるの。

    大奥にきたのが坤で本当によかった。
    「人の世はーー…」
    あの余韻がいつまでも心の中で震えています。

    はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……..
    終わっちゃうんですね。
    これ以上の終わり方はないと思いつつもやはり寂しく思います。

    中村総監督へ。
    17年の時を経て、モノノ怪を再び描いて下さり本当にありがとうございました!
    モノノ怪を偶然テレビで見たあの日からずっと虜です。
    今は『蛇神』をしっかり噛みしめます。

    いずれまた、お会いしましょう!
    モノノ怪が人の世にある限り、私は100年でも1000年でも待ちましょう。

    2026/6/2
    舜 ★MONOx_lunaetj


     
     

    舜

     
     
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