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Photo bykani224

静寂の歌 2-2

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        二

     座敷に上がると、ずいぶん年のいった不幸そうな顔をした男が、僕をじっと見つめてきた。まさか、これが「山下とも子」な訳がないので、その家族なのだろう。いい加減で、少しは可愛い女の子などを寄こせと、仲介の人間に話したが、希望が通ることは難しいようだ。
     いくぶん、愛想の良い笑みを浮かべて、座卓の前でしゃがみこんだ。すでに邪植が、良い対応をしていたのか、湯呑などが並んでいる。
     「えーっと」僕は、ちらと、先ほどまで目を通していた書類に目を落として、依頼人の名前を探した。しかし、残念ながら水にふやけて読めなくなっている。これは、八枯れの唾液だろう。「木」と見えるが、その上の漢字がにじんで読めない。「藤」にも見えるが「菜」にも見える。おそらく「藤木」だろう。
     「藤木さん?でしたか」
     「藤本です」不幸そうな顔をした男は、掠れた声で低くつぶやいた。ああ、惜しかった。などと、つい口走りそうになり、咳払いをした。
     「山下とも子さんとはどういった?」
     「話さなくちゃいかんのですか」
     「まあ、そうですね。お願いします」
     「叔父です」
     「なぜ、いなくなったのですか?」
     「さあ。だからここに来たんですよ」
     藤本はくちびるをきつく結んだまま、ぼそぼそと話しだした。こんな男から、きちんとした情報などもらえるものか、甚だ疑問である。しかし、僕は金がからむと性格が悪くなる。前金で、もらうものはもらっているので、きちんと仕事をしなくちゃならない。
     すっと、双眸を細めると、男の顔を正面から見据えた。それを見た藤本は、顔色をなくして、臆病そうに眉根をよせた。
     「何だよ」声が震えている。
     「いえ、僕が見ているのはあなたじゃない」
     「どういうことだよ、いい加減なことを」
     「気にしなくていいです。いつものことですから。あ」僕は、冷笑を浮かべて、藤本の背中を指さした。「あーあ。なるほど、そうですか。だから、探偵じゃあ、具合が悪いんですね」
     「何だよ、あんた。なに、何を見てんだ。やめろ」
     「ははあ、そうですか。かなり恨みを買ってますね。ほら、あなたの手足に、何か、からみついてますよ。女の手かな?すごい力だ」もちろん、でたらめだ。
     取り乱した藤本が、姿勢を崩して、後ずさった。そのまま指をさし続けていると、そちらの方向をこわごわ見上げながら、うう、とか、ああ、とか小さく悲鳴を上げている。
     よほど、人様に言えないことをしてきたのか。あるいは心当たりが多いのか、こんな方法に食いつきが良すぎる。それはつまり、そういうことなのだろう。
     「この男、魔か、それによく似たものをよく見てるな」と、座卓の下でつぶやいた。八枯れの声は、またずいぶん愉快そうだ。
     「ああ、それも普段からね」
     微笑を崩さず、そうつぶやくと、藤本はびくり、と肩を震わせた。
     「なんだよ、誰と話してんだ」
     「いえ、なんでも」
     「なあ、頼むよ。あんたお祓いやるんだろう?助けてくれ」
     僕はため息をついて、座椅子の背もたれに体重をかけた。ヒュッ、と口笛を吹くと、八枯れが座卓の下から飛び出し、上に飛び乗った。藤本は涙目になって、震えながら八枯れの黄色い双眸を見つめている。「それは?」
     「なに、ただの猫です。でも、ちょっと変わった猫でね」
     「なんですか」
     「強欲な人間が大好物なんですよ。ほら、すごいよだれだ。あなたはずいぶん、うまいんでしょうね、止まらない」
     八枯れは本当によだれを、だらだらと垂らし始めた。もちろん、二本のするどい牙をのぞかせ、ぐっと黄色い眼を細めているので、怖さは倍増だろう。
     「大丈夫です。僕の言うことしか聞きません」
     半分は嘘だ。こいつは、喰いたいときは勝手に喰う。
     「そいつをどけてください。わあ、こっちに来るな」
     八枯れは本気で喰うつもりなのか、のしのしと、藤本の方へ向かって行く。尻尾を引っ張って、それをどうにか抑えながら、苦笑を浮かべた。これは、本当に喰いかねない。演技でないところが、こいつのすごいところだ。
     「でも、あなたがあんまり非協力的だと、喰え、とうっかり命令してしまうかもしれない」
     「なんだ、脅してるのか?」藤本は醜悪な目をよりいっそう、醜く歪めて僕を睨んだ。それと同時に、八枯れは僕の手からするり、と抜けて、藤本に向かって飛びかかっていった。ひい、と悲鳴を上げて、畳の上で転がる。
     「ほら、本当にやばいって。良いから、さっさと必要なこと話して下さい。じゃないと、こいつは僕の言うことさえ無視しますよ」
     「わかった、わかったから」
     それを聞いて、ようやく八枯れを引きはがしてやると、藤本は汗でぐっしょりぬれた頬を強張らせて、おそるおそる僕を見上げた。これ以上警戒されてはいけない、と微笑を浮かべる。しかし、腕の中で舌舐めずりをしていた八枯れが、余計な口を訊いた。
     「妙な行動をとったら、喰うぞ」
     わあ、猫がしゃべった。と、震えあがった藤本は、あわてて後ずさったため、襖に勢いよく頭をぶつけていた。その滑稽な様に、木下社とはじめて会った時のことを思い出して失笑した。


        三へ続く




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