メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bykani224

天地伝(てんちでん) 3-12

    ←前へ  次へ→


        十二

     翌日の昼時、珍しい客の来訪を、由紀が嬉々として知らせた。タイマは、連日の体調不良によって、寝こんでおり、登紀子は学校へ出ていた。そのため、普通の客人であれば、由紀が対応するしかないのだが、縁側にひょっこりとのぞかせた、なつかしい顔を見て、ため息をついた。「なるほど」と、思うと同時に、不機嫌になる。
     「やあ、しばらく」
     そう言って、微笑した京也は、黒い着物を翻して、縁側で丸くなっていたわしの前に立つ。じろり、と見上げて、鼻を鳴らした。
     「鼻たれ小僧か。夏以来じゃな」
     「そう言うお前は、相変わらず吞気そうだね。悪霊」
     「何の用じゃ。登紀子はおらんぞ」
     「なに」京也は、断りもなくわしの隣に腰かけると、苦笑を浮かべた。 
     「兄さんの見舞いに来たんだ。もちろん、義姉さんと、登紀子にも会いに来た訳だが」
     当然のようにわしの名前を上げないところが、京也らしいと言えばそうだが、あからさますぎて気に喰わない。京也の横顔を見上げると、微笑む頬には、疲れきった皺がよっていた。
     「坂島の当主は暇なのか?昼間から出歩いて」
     「なに、本当を言うと、調査がてら立ち寄ったのだよ」
     「調査だと?」
     「ああ、お前は新聞も読まないのか。否、いまは読まない方が、良いのかもしれんが」
     ぼそぼそと、言葉をにごした京也を、鼻で笑った。
     「大学教師ともなると、ずいぶん偉そうな口を訊くな。つい先頃まで、兄さん、兄さんと言って、鴨の子供のように、後ろをついて歩いておったくせに」
     「お前は、親戚のおじさんか。それと教師ではなく、非常勤の講師だよ」
     「どう違うんじゃ」
     怪訝そうな顔でそう問えば、京也は呆れたため息をついて、頭をかいた。
     「僕は結構、真剣な話をしに来たんだぜ」
     「生憎だったな。恭一郎は、近頃、体調がすぐれんのだ。いまも寝ている」
     わしが尻尾を巻きこんで、丸くなると、京也は頬をかきながら「そうか、困ったな」と、つぶやいて苦笑を浮かべた。
     「兄さんも心配なのだが、ううん、それ以上に、不穏な」
     「何か気になるなら、登紀子に話をしたらどうじゃ」はっきりとしない、京也のもの言いに、次第、苛立ちをつのらせる。
     「事が曖昧なだけに、女性を巻き込むのは、あまり利口とは思えないな。悪戯に不安にさせたい訳でも、無いのだよ」
     「由紀も登紀子も、それほど愚かではない。少なくとも、貴様よりはな」と、眉間に皺をよせて、ふん、と鼻を鳴らすと、京也は「もちろん、知っている」と、笑った。
     つかみどころのないのは、坂島に共通の特徴なのだろうか。
     「馬鹿にして、言っているんじゃない。僕自身、正直言うと不安なのだ」
     わしが、目を開けて京也の横顔を見ようとした時だった。得体のしれない、熱の動力と、打ちつけるような振動が、地面の奥から響いてきた。微弱な電気信号のように、伝わってくる波動に、京也は未だ、気づいていない。わしは、それが何か、すぐには理解できなかったが、とっさに声を上げた。
     「何かに、つかまれ」
     「え」と、京也が短く声を上げた瞬間、庭が、縁側が、屋根が、左右に大きく揺れた。それは一度だけの、短いものだった。生物が脈を打つような振動のあと、すぐにおさまった。しかし、その一度の振動によって、はじき飛ばされたのか、京也は縁側から転がり落ちていた。
     無様な姿に、呆れたため息をついたが、台所にいる由紀が心配になり、わしは踵を返した。が、同時に目の前に、立っていたタイマと、由紀の顔を見上げ、すぐに力が抜けた。
     「京也さん、大丈夫ですか」そう言って、由紀は、わしの横をすりぬけると、すぐに京也へとかけよって行った。後ろで青い顔をしたまま、つっ立っているタイマを見上げて「いまのは、何じゃ?地割れか?」と問うと、笑われた。
     「この国は、地震が多いんだ。いまのは、ずいぶん大きい揺れだったが」そう言ったタイマの声は、いくぶん、気だるそうだった。「京也は、帝国大学で教鞭を取っているだろう。そこには、確か地震学を研究している研究員も、いたはずだ。なあ、京也」
     「さすが。兄さんはお話が早くて、助かります」
     京也は由紀の手を借りて、立ち上がりながら、苦笑を浮かべた。わしは、ふん、と鼻を鳴らして踵を返すと、座敷へと上がった。


        十三へ続く


    あなたへのおすすめ