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Photo bykani224

静寂の歌 3-9

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        九

     「絶対、駄目だ。危険すぎる」
     邪植の作った雑煮を食いながら挙げた提案に、木下は塗の箸を叩き置いて、反対の意を示した。それをちらと見てから、透き通った大根を口に入れた。
     「じゃあ、君が逮捕令状を取って来てくれるのか?」
     木下は眉尻を下げて、ぐっと前傾になると、僕を諭すように口調をやわらかくした。
     「僕はバラバラの担当を外されているうえに、これには物的証拠がない。そうそう簡単に令状なんか取れないんだよ。君だって、そのくらいわかるだろう」
     「わかるとも。だから、僕が私塾の教師として家庭訪問をしよう、と言っているんじゃないか」
     「証拠がなくとも、一応は容疑者の家なんだぞ?そんな所に、右手も満足に使えない友人を送り込むほど、僕は堕ちちゃいないよ」
     「心配ない」僕は、向いに座って茶を淹れていた邪植と、座卓の上でみかんをかじっていた八枯れを、箸で交互に指し示した。「右手程度には、役に立つのもこうしている」
     「いざとなったら、わしが喰えば済む話しじゃ」八枯れは、みかんの皮をかじりながら、嬉々としてつぶやいた。
     「僕に殺人を容認しろと言うのか?勘弁してくれ」
     「魔物は法に触れんよ」
     「倫理観の問題だ!」
     すぐこれだからなあ、と箸をくわえながら頭をかいた。これじゃあ、僕の内々の仕事のことは口が裂けても言えそうにない。もちろん、藤本などを八枯れに喰わせていることとか、まあいろいろのことだ。
     「じゃあ、木下さんも来たら良いじゃないっすか」今まで黙って聞いていた邪植が、のらくらと言った。「仮に赤也さんが殺されかけても、好都合でしょう?現行犯で逮捕すれば、物的証拠もなにも無くなりますよ」
     僕は雑煮の汁を、ずずず、と飲みほして微笑を浮かべた。
     「その通り。海老で鯛を釣れば良い話なんだから、そう堅く考えるなよ。本当にやばくなったら、僕が逃げれば済む話しだ」
     「君たちは法律を嘗めすぎだ。それに逃げられない状況だったら、どうするつもりだよ」
     嘗めるも嘗めないも、その網の目をかいくぐっている側の人間だ。あまり国のおこぼれにあずかっていないし、僕は稼ぎかた事態が非合法なのだから、言ったって仕様がない。ついこぼしそうになったが、咳払いをしてごまかした。
     「ともかく、物が出れば文句はないはずだ。警察内部が、なによりそれを望んでいる。特に景色の良いお部屋で、革張りの椅子に腰かけている方々はね」
     「だけど、君が高橋つぐもを疑う動機があんまり低いよ。それに、どうして君の私塾のことまで知っていたのさ。そっちの関連性を疑られたら、君だってタダでは済まない」
     「ああ、それなら問題ない」僕は本棚の中につっこんでいた、ある雑誌の広告欄を開いて見せると、ある一点を指して見せた。「ここに僕の私塾に関する広告を打っている。一応、これは全国誌だからね。誰にだって、手に入れることができるし、いつだってここに何者かが訪れる可能性はあるんだ。彼はその中の一人にすぎないんだよ」
     「わかったよ」木下は苦悶の表情を浮かべたのち、諦めたように声を小さくした。「だからと言って、君に高橋つぐもの居所は教えられないけどね」
     「わかってないじゃないか」
     僕は雑誌を閉じると、眉間に皺をよせてくちびるを曲げた。
     「妥協するって意味だ。バラバラの担当は僕の友人だから、すぐにでも張り込みをしてもらうよう、頼んでおく。そうしたら、高橋つぐもが動き出した時に、次の犠牲者を出さずに、捕まえることができるだろう」
     木下の出した妥協案に、ひとまずうなずいたが、やはり納得はしていなかった。準備なども必要だから、あと二日は待って欲しいと言われたからだ。すぐに動きだすとも限らないが、それでうっかり次の犠牲者を出したら、どうするつもりなのか。なによりバラバラの犯人の行動が早い、と言うことが今回の逮捕困難の問題ではなかったか。
     焼いた餅を頬張りながら、難しく眉根をよせている木下の顔を見ながら、頬づえをついた。
     「だったら、僕と接触させることは黙ってやればいい」
     「だから、君を囮になんか使わないって言っているだろう」
     「その方が、早い。僕なら犠牲者にはならない」
     「君を警察やマスコミの目にさらしたくないんだ!」
     木下は持っていた椀を乱暴に置くと、苛々した調子で怒鳴った。突然のことに、僕だけではない、邪植や八枯れまでも目を丸くしていた。
     「ただでさえ、人から偏見の目で見られている君と、またここに通う子供たちが好奇の目にさらされるなんて、嫌なんだ!耐えられない。だから、君と高橋つぐもは無関係でなくちゃいけない。それが嘘だったとしても、捜査の足を引っ張ることになってもね。もし、君と高橋つぐもに関係があると知ったら、どうなると思ってるんだ?君や子供たちにやましいことが無くても、世間はそんな温かく見守ってはくれないよ」
     「そうは言っても、まったく意図せず巻き込まれてしまったんだから、仕様がないじゃないか」
     「ああ、そうだ。でも」木下は額を押えてうなだれると、消え入るような声で、しかしはっきりと言った。「僕が悪いんだ。君を巻き込みさえしなければ良かったのかもしれない。だから、責任を取らせてくれ。君達を守らなくちゃいけない」
     心配そうに眉根をよせる木下の顔を見つめながら、ふっと苦笑をもらした。
     「お前のせいじゃない」そうして、煙草盆を引き寄せた。「でも、わかったよ。たしかにお前のほうが正しい。僕はうっかり、その後の子供たちへの影響までは考えていなかった。すまない」
     煙草をくわえて、マッチをすると、ぼお、と燃え上がった炎の向こうで、木下がようやく安堵の笑みをこぼした。それを確認すると、ただよう紫煙の香りを胸いっぱいに吸い込み、微笑を浮かべた。
     八枯れは木下の顔をちら、と見てから牙をのぞかせ「小僧も、少しは言うようになったじゃないか」と、愉快そうな声を上げた。にやにやと笑う八枯れの鬚を軽く引っぱって「何でお前はいつも上から言うんだ」と、つぶやいた。

        十へ続く


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