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Photo bynekonosara

⚪️企画作品|先生とあたし

     予めサンプリングしておいた「羊水の音色」を出産後の幼児に聴かせるという実験がある。

     音色には十六種類の階調があり、これは母親の快楽や安らぎの度合いに応じて分類したものだ。

     幼児の身体的、心理的な状態とこの音色との組み合わせは、幼児のその後の状態変化とともに記録され、最適化される。

    ***

     うちの先生がまーたおかしな小説を書き始めた。

     普段は週刊誌の依頼でおかしなエッセイやなんかを書いているだけなのに、やっぱり大作家の血が騒ぐのね。歴史に名を残すような戯曲を書くぞって。でも今のところ未遂ばっかり。しかも小説だし。

    「こらこら、カナコくん。きみアシスタント。あまり勝手なことを言ったらいかんよ」
    「はーい」
    「よろしい」

    ***

    「今回はロミジュリで行きたいのだよ」
    「またですかー」
    「うむむ、またやる気のない感じを出してきたな?」
    「だってー」
    「だってじゃない!」
    「ロミジュリばっかじゃないですかー」
    「仕方ないだろう、それしか読んだことないんだから!」
    「ウィリアム・シェイクスピア十三世の名が泣きますよ、先生!」
    「えーい、うるさい!」

    ***

    「それで、結局その音色は誰がいつどこで聴いて最後どうなるんですかー?」
    「そう先を急ぐんじゃない」

    「今回は百合バージョンにしようと思うのだ。ロミ子とジュリ子だ」
    「えー、やです!」
    「やじゃない、一定の需要があるのだぞ?」
    「十二夜にしましょうよー、兄妹ですよ! 男装ですよ! 属性盛り盛りじゃないですか!」
    「それは読んだことないからなあ」
    「読んでください!」

    ***

     ジュリ子(仮)はデパートの屋上で催眠術ショーに参加することになった。

     催眠術師は数年前にアナログレコードを一枚だけ発売したことのある赤毛の歌手だ。

     彼女は被験者に「ある音色」を聴かせることで深い催眠状態に入らせることが出来る。するとその被験者は記憶にないことをペラペラと喋り出すという。そういう趣向のエンタメである。

     赤毛の女がジュリ子(仮)の手を取る。

    「先生、先生、ストップ、ストップ! それ村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』です! 酷似してます! 有り体に言ってパクリです!」
    「な、何という偶然だ、無意識にブンガクしてしまった。芥川賞だあー」
    「野間文芸新人賞ですー」

    ***

     パクるのは御先祖様の作品だけにしてほしいものだわ。それに、考えてみたら先生の口から岸田國士戯曲賞という言葉を聞いたことがない。何を目指しているのか。どうなりたいのかしら。

     今回もロミジュリと先生は言うけれど。「羊水の音色」の話はどうするのだろう。ちゃんと繋がるのかしら。それとも単なる猫パンチ? いっそ陽水の音楽についてでも語れば良いのに。

     ロミジュリみたいなロマンスはもう現代では失われてしまった、みたいな殺伐としたシニカルな小説にするのもありだと思う。でも先生は乙女だからなー。泣きながら書きたいのよねーきっと。

    ***

    「カナコくん、それを言うなら猫騙し」
    「あ。そうでした先生」

    ***

     ロミ子(仮)は創作料理『キャベツの千切り かき氷仕立て 激辛カレーソースがけ』を作りながらジュリ子(仮)の帰りを待った。

    「先生、そこ気をつけてください。レミ子ならアウトですから。ロミ子、ギリセーフです」

     ふたりは約一月ぶりの再会である。ジュリ子(仮)が転勤のため往復2時間ほどかかる他県に引っ越してしまったのだ。遠距離恋愛なのだ。

    「近すぎません? てかもっと頻繁に会えません?」
    「あーもーカナコくんの茶々がうるさすぎて書けないよう」
    「あーはいはい分かりましたよ。とりあえず何も言いませんので書けるところまで書いてください。その後でたっぷり言いますから!」

    ***

    「待たれると書けない」
    「もーめんどくさーい!」

    ***

    「カナちゃんをモデルにしようかな?」
    「先生その呼び方キモイからやめて」
    「モデルには、なってくれるのカナ?」
    「内容によります」
    「……」

    「えっと。じゃあ、百合のご経験は?」
    「ありません」
    「ご興味は?」
    「残念ながらありません。ストレートな男女の恋愛でお願いします」
    「男好き、と」
    「先生、言い方、気をつけて」
    「カナコくんのチャームポイントは?」
    「虫歯が一本もないことです」
    「歯が丈夫、と」
    「ま、まあ」
    「書けそうな気がしてきたぞ!」
    「わー頑張ってくださーい」

    ***

     ある種の人々は、祈りの際、脳内で「羊水の音」を聞くという。そして、そうした人々は何度でも胎児へと遡行し、何度でも転生するといわれている。

     ここに一組の男女を紹介しよう。

    ***

     正直言って、読むに値するのはここからここまで。これより先は、まあ、本当に酷いものだった。

     酷すぎて何も言えなかったから先生はそれを感動によるものだと誤解したらしい。あたしはその原稿を出版社に届けるよう命じられた。

     当日の消印が間に合わないとかで、何よ先生これ依頼原稿じゃなくて公募なわけ? とは思いつつも、LUUPを時速6kmで飛ばした。

     お願い間に合って! 何に? よく分からないけど。とにかく急げ、あたし!

     幸いなことに、行く手はすべて青信号。ノンストップで着いたよ、先生、あたし凄い!

    ***

     先生の小説(本人は戯曲と言っている)はもちろん落選したけれど、知り合いの編集者に頼んで『なんのはなしですか』というネットマガジンに掲載してもらった。先方から先生には謝っておいてくれと言われたけれど、めんどーだから伝えなかった。

     小説は二分割され、前編は『祈り転生 男編』、後編は『祈り転生 女編』となった。あたしのどこがどうモデルになったのかは考えたくない。だけど少しは、愛着もある。

     何よりふたりの男女が運命の相手を見つける王道のラブストーリーで、先生らしからぬハッピーエンド。あたしは心のどこかで『君の名は。』にも匹敵する大恋愛小説だと思ってる。

     まあ、でもそれはないわね。

    ***

    「カナコくん、次はロミジュリで行こうと思うんだ」
    「あー良いと思いますよー」

     こうして先生はまたおかしな小説を書く。そしてそれを戯曲と呼び、あたしはなんだかんだ言って先生のおかしな物語を、これからもなだめたりすかしたり引っぱたいたりするのだろう。

     いつか先生が歴史に名を残す、かもしれないその日まで。

    (おわり)

    🟠2542文字

    #なんのはなしですか
    #ナニのはなしですか

    ▶︎祈り転生[男編]
    ▶︎祈り転生[女編]


    #シロクマ文芸部
    #水の音
    #木曜日は3ースデイ
    #週刊誌
    #往復2時間
    #ロミオとジュリエット
    #せりふ三題噺
    #青信号激辛カレー消印

    謝っておいてくれ

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