
🟡企画作品|『忍者の里』にて
前編(881文字)
ぼくは忍者。片想い歴一年。
片思いの相手はくノ一のシオリさん。みんなから「ヘイ、シリ」と呼ばれている。
ぼくも一度だけそう呼んでしまってその失敗をずっと引きずっている。後悔している。それまでずっとシオリさんと呼んでいたのに。ついつい呼んでみたくなったのだ。「ヘイ、シリ」と。
あのときのシオリさんの、何とも言えない困ったような、嫌そうな顔が忘れられない。
ぼくは何事もなかったように「シオリさん呼び」に戻したけれど、みんながスマホを持っているのに自分だけガラケーを使っているような寂しさを感じたものだ。何が「ヘイ、シリ」だ。
***
シオリさんを好きになったのは一年前だ。
彼女がこの『忍びの里』に来た時から、初めて彼女を見たその瞬間から好きになってしまった。
体操選手のような、あるいは猫のようなと言い換えても良い、均整の取れた体つきと長い睫毛、これ以上ないほど良く似合う「くノ一ポニテ」。
***
シオリさんが来て半年ほどが過ぎた頃だ。
みんなが彼女を「オシリちゃん」と呼び始めて、でもそれはすぐに廃れて「ヘイ、シリ」になった。
シオリさんとペアを組むことになってぼくは相当浮かれていたのだろう。「ヘイシリ呼び」で失敗したとは言え、そんなことでシオリさんを嫌いになれるはずもなく、むしろどんどん好きになっていった。
***
ぼくが「第三獣道」を上手から下手に向かって忍者走りする。するとシオリさんがターザンロープを使ってぼくの背中に飛び乗る。これを一日に四回、午前と午後、それぞれ二回ずつ行う。
シオリさんの体はあんなにもほっそりしているのに、女の子の体ってどうしてこんなにもフワフワなんだろう。たぶんだけれど、50キロの羽毛布団を背負っても3キロぐらいなんじゃないかな。
***
ペアを組んでからというもの、ぼくはシオリさんのことが好きだという気持ちがダダ漏れになるのはマズいと思って殊更に隠すようになった。『忍者の里』では恋愛禁止だからだ。シオリさんに迷惑が掛かるのだけは避けたい。
だからぼくは、忍者は忍者らしく、この気持ちを隠して生きていくことにしたのだ。