
⚪️企画作品|次女の名は。
台所から牛蒡を炒める胡麻油の匂いが漂ってくると、その香ばしさが一時この部屋の女臭さをかき消してくれる。
耐えがたいわけじゃない。懐かしくて慣れた匂いでもある。ただほんの少し居心地が悪いだけだ。
こうして四人姉妹が揃うのは何年ぶりだろう。
***
「明日の天気は大丈夫かしら、ねえ、天気予報どうなってる?」
ナッちゃんが壊れたエアコンのリモコンを振ったり叩いたりしながらぼくに訊ねた。エアコンのリモコンてなんか変な言葉だ。
「大丈夫じゃないかな、晴れだって言ってたよ、今朝の天気予報で」
「それ今朝のでしょう、あの空見てよ、今にも振りそうじゃない、明日はフユの成人式なのに」
フユは去年も成人式だった気がする。一年前から成人式、成人式と騒いでいたからだ。聞かされすぎて終わった気になってる。
「ねえナッちゃん、エアコンまだ?」
ハルは重ね着したフリースとぐるぐる巻きのマフラーで炬燵布団に埋まっている。根っからの寒がりだ。
***
ナッちゃんが納戸から小さな脚立を出してきてエアコンのコンセントを引っこ抜いた。
「ねえアキちゃん、豚汁まだ?」ハルが台所のアキちゃんに叫ぶ。「待ってなさいよ、そして今日は里芋だからね、ジャガイモじゃないんだから、ハル以外みんな里芋が好きなんだから」「えー、ぶー」
ナッちゃんが脚立の上でふらふらしているからぼくは立ち上がって、代わりにやろうかと言った。「良いの良いのあたし機械と話せるから。あなたはそっちやって。そっちとは話せないんだわ、あたし。ふふふ」
それからぼくは「ジャガイモも好きだけどね」とハルに言った。ハルは誰にともなく「ほらー」と言った。
***
ぼくはノートPCの整頓を任されていた。
それはいつの誰のか分からないアプリケーションやユーティリティソフト、画像ファイルなどをたらふく飲み込んで動けなくなっていた。
フユの前撮り写真だなんだを組み合わせて思い出動画を作りたいらしい。そのために無駄なものをひとつひとつアンインストールしていく。地味な作業だ。
アキちゃんが台所から居間に戻ってきて「こっちは寒いわね」と言って炬燵に滑り込んだ。
ハルのスマホに着信があり、ハルはそれに返事をしながら居間を出ていった。ぼくらの会話が途切れたところにハルの声が聞こえる。どうやら階段で話しているらしい。彼女に膝掛けを持って行ってやった。
***
「彼氏かな」
「どうかしらね」
「あなた何か聞いてる?」
「聞いてないよ」
「何か知ってるんじゃない?」
「知らないよ!」
***
「フユから電話ー」
ハルが大きな声で叫んだ。
「雨降ってきたってー」
ナッちゃんが「え!」と大きな声を出した。
それから「ほらやっぱり言ったとおりじゃない、だから言ったのよ、あ、エアコン、エアコン直った、ほら、あ、お、お鍋、お鍋、吹いてるみたい!」と騒いで、アキちゃんもそれに釣られるように「きゃー待って待って待って」と叫びながら台所に走った。生ぬるい風が頬を撫でる。
「誰か迎えに来てってー」
ハルの乾いた声が響く。
ぼくは廊下に出て階段のハルに声をかけた。
「ぼくが行くよ」
「お兄ちゃんが来てくれるって」
ハルが電話口のフユに言ってぼくにウィンクした。
***
ぼくらはみんなでお金を出し合ってフユに振袖を買ってやろうとした。一年前のことだ。
フユが去年も成人式だったように思えるのはそれがあったからだ。
いつ誰が付けたのか、袖に染みがあるのが見つかったのだ。それは染み抜きに出しても消えなかった。それでもフユは、お姉ちゃんたちのお下がりで良いと言った。これを着て成人式に出るのが夢だったんだ。
ぼくはフユを迎えに車を走らせながら、こりゃあ駅に着く頃には雨も止むだろうと思った。通り雨だ。遠くの空はすでに晴れ上がっている。明日もきっと晴れるだろう。良かったな。フユ。
駅のロータリーに入ると駅舎から手を振るフユが見えた。
(つづく)
🟡1599文字
【クイズ】
次女は誰でしょう?
【ヒント】
四姉妹とぼくは、それぞれ姉に対しては「ちゃん付け」で呼び、妹のことは「呼び捨て」にします。
元々は論理的に推論可能な設計でしたが、その後、条件を変更して次女を確定不可能にしました。
ですが文脈や文体からでも推測は可能かと思いますので想像しながら読み直してみてください。
これは正解を探すクイズではなく、あくまでキャラを読む遊びです。
#木曜日は3ースデイ
#通り雨
#壊れたエアコン
#豚汁
#せりふ三題噺
#アンインストール階段振袖