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キッズ・ミュージックの蘇生〜映画『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』

    (文体を変える)
    オアシスみたいなバンドについて、説明、っぽい事はしたくない。
    分かった風な口をきくほど、カッコ悪いことは無いだろ。
    悪いけど、ストレートに言わせてもらうよ。あんたら、サイコーだってね・・・オアシスのメンバーって事?・・・それはもちろんそうだけど、この映画をファッキンサイコーに成り立たせている、あんたら・・・そう・・・アンタ、お前のことだよ。

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    迂闊だった。俺はね、ああ、白状するよ、まさかね。
    ノエルたち他のメンバーが音合わせをしているリハーサルルームに仏頂面のリアムが入ってきて、兄弟で話すのは何十年ぶりと言われているのに、目も合わせない空気で、歌い始めた時、脳髄まで揺さぶるパンチを食らったような気分になった。

    オアシスは、ロックの初期衝動である爆音のキッズミュージックを、剥き身で演っていた。アンプラグドも、別アレンジも、無し。あの頃のまま、いやさらに、ラウドになっていたかもしれない。

    大人になるのが、当たり前だろう。超が付くほどセレブなんだし、解散後、ちょっと腹の出てきたノエルだって、メロウな曲が中心になっているじゃん。ミック・ジャガーでもあるまいし、痩せて尖ったロックンローラーで居続ける事の方が難しい。

    だがリアムが薮睨みの表情でアディダスのボストンバッグをマイクの足元に置き、歌入れを始めると、(かつてオアシスと呼ばれていたものってこんな感じだったかな)、とメンバー間で輪郭をなぞるように鳴らされていたキッズミュージックが、墓穴から蘇生した。フードをクシュクシュにしたビッグサイズのパーカーを、若い頃と同じように羽織って、世に受け入れられた人気者なのに、どこか拗ねた風貌は、社会から追放された作家、セリーヌのようでもあり、歌をうたっていなけりゃ、今でも悪タレばかりマシンガントークするに決まっている。

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    亡命作家セリーヌ

    この映画には、数多の音楽ライブ映画と異質な点が2つある。

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    映画『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』予告編より

    神父が、宗教の講釈を垂れる場面が随所に挿まれるのは示唆的だ。

    だってオアシスだよ。ノエルはちょっと、金持ち喧嘩せず、みたいに大人っぽくなったけど、リアムは未だ、フーリガン気質丸出しのムードで、まじめ腐った説教からほど遠い存在だ。

    けれども一番最初に、ストーンローゼズを観た1キッズのリアムが、仲間を巻き込み、名曲ジェネレータとなる兄を巻き込み、オアシスはオアシスになった。
    1キッズが、うだうだ言ってても何も始まらねえぞ、と、腹を決めて、応援団みたいに中腰で立ち背に拳を固めてあらん限りの声で歌を放った時、その向こう側にたくさんの1キッズたちがいた。

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    光を受けた者は、その光を絶やさず、いつか光を与える者となる。

    もう一つ、特筆なのは観客の1人1人にスポットを当てている点だ。
    普通のロック映画みたいにバンドの姿を追ってライブを捉える、みたいな感じでも、ギャラガー兄弟間の微妙な空気などがバシバシ伝わってきてゴシップ的に面白いけれど、それと並行してライブを心待ちにする、キッズたち、かつてキッズだった者たちを捉えるドキュメンタリーが胸に迫る。
    英国で、ブラジルで、韓国で、海女さんの友達どうしが海の中、体内でオアシスの歌を響かせ合っていたり、母が聞いてた曲をある時自閉症の息子が歌ってくれたり、何もかもうまくいかない時にオアシスの曲だけが、力をもらうとか癒されるとか、そんな風ではなく、ただ一緒にいてくれた事を、語る。

    改めて、オアシスのライブは、不思議な場だと思う。ステージから、煽ったり、お決まりのコール&レスポンスみたいなものはほとんど無し。アーティスト側は派手な演出やアクションなど極力排して歌う事、演奏する事に専念する。
    曲が化学反応を起こし、爆発しているのは、ステージではなく、客席の側なのだ。
    踊り狂いながら大泣きしている者の姿も多い。悲しい曲ではなく、明るかったり激しい曲で。

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    映画『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』予告編より

    フィジカルな現象だと思う。身体の制御系に於いて、それが嬉しいのか悲しいのか、物語や意味で測れる程度の事では、太刀打ち出来ない時があるのを、きっと人は体感的に知っている。
    困難な日常に出会う時、唯一の支えになってくれるのは、自分が自分であるところを乗り越えた、ライブ(生)の体験だったりする。
    もちろん、アーティストも素晴らしかった。でもそれを素晴らしいものにしたのは、あんたら、そう、他でもないお前自身なんだって事を、不安で消え入りそうな時には、どうか思い出してほしいんだ。
    勘弁してくれよ、アンタら、とんでもないぜ、まったく、、、そんな風に、ライブ中にノエルはむせび泣き、リアムはどこまでも見てやろう、今夜のお前に驚き続けてやろうと、唖然を超えて虚無そのものみたいな表情になっている。解散後何十年も、光を絶やさず、今、光を与える者になっているのは、輝きまくって眩し過ぎるのは、アンタら、一人ひとりの、お前なんだぜ。
    「ホワットエヴァー」も「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」も「シャンペン・スーパーノヴァ」も、元1キッズが、今、とても心細いところにいる1キッズに向けて、あの時あの場所で、お前は素晴らしかったよ、だからいつでも、そこに戻れよ、と、そんなシンプルな事を、伝えているような気がしてならない。

     
     

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    オートバイとスポーツカー愛好家に向けたアパレルブランドをやっています。 1plus1.co.jp、国立スタジオ+、代表:森田剛(モリタタケシ)。 ケルアック「路上」に代表される、ストリート文学、JLG、カサベテス、ニコラスレイ、ラング、イーストウッド映画を嗜好(志向)します。

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