
落とし物の持ち主 【#拝啓文芸部】
「あれ……ない」
駅のホームのど真ん中で、私はポケットをガサゴソ。鞄の底をガサゴソ。ついでに自分の耳をペタペタ。
ない。どこを探しても、右耳のイヤホンがいない。
左耳には、カチッとフィットしたあいつがいる。
しかし右耳は無防備な裸のまま、冷たい秋風にさらされている。
……やばい。マジでやばい。
私にとってイヤホンとは、単に音楽を聴くための道具ではない。街にあふれる余計なノイズをシャットアウトし、自分だけの心の平和を守る、私の相棒なのだ。
混雑した電車の雑音。
カフェで聞こえる怪しいビジネスの勧誘。
通りすがりのおじさんのデカすぎるクシャミ。
それらすべてを「ノイズキャンセリング」で遮断し、平穏な心で生活していたというのに……!
「どこだ!? どこで脱走した?」
記憶を巻き戻す。
改札を通ったときは?……確か耳にあった。
エスカレーターに乗ったときは?……うーん、スマホをいじっていた気がする。
じゃあ、あの時かな? ポケットからハンカチを出したあの瞬間に、コロンと転がり落ちてポッケの影からダイブしたのか、相棒さーん、どこー!
不審者のように自分の歩いてきた道をキョロキョロ見渡しながら戻るが、落ちているのは落ち葉とタバコのポイ捨てくらい。
私の右耳は影も形もない。
最悪だ。
今頃どこで何をしているんだろう。
「ふうー、ずっと耳の穴に押し込められて息が詰まりそうだったぜ」とか言って、公園の鳩と一緒にのんびり日向ぼっこでもしているのだろうか。
片耳だけ残された左耳も、心なしか心細そうに震えている(気がする)
誰かが拾って、駅員さんに届けてくれていたらいいな。
そう思う。
思うのだが。
いざ、落とし物センターで再会したとき、私はきっと聞いてしまうだろう。
「……ちなみに、これ、どこに落ちていましたか?」
駅のホーム?
改札の前?
それとも、誰かの靴の裏?
いや、聞くのはやめよう。
知らないほうがいいこともある。
耳の穴に入れるものだ。清潔であってほしい。心からそう願っている。
でも、洗うわけにもいかない。せいぜい、アルコールのシートでそっと拭くくらいだ。
拭きながら、考えてしまう。
しかも、本人は何も語らないだろう。
どこに落ちていたのか。
誰が拾ったのか。
どんな冒険をしてきたのか。
お前は今日一日、どこにいたんだ。
誰に踏まれかけた?
誰に拾われた?
誰に蹴られ、どこを転がった?
……いや、待て。
考えれば考えるほど、帰ってきてほしくなくなってきた。
それでも、やっぱり帰ってきてほしい、できれば、私の守備範囲である、例えばポケットの中からとかがいい。
それなら何も問題はないんだけど、やっぱり、アイツはいないんだな。
はあー。
落とし物の持ち主というのは、案外、勝手なものなのかもしれない。
少なくとも私は、大切な相棒だと言っておきながら、どこで何をしていたのかと疑っている。
……ごめんよ。
Mr.Qさんの「拝啓文芸部」のお題「落とし物の持ち主」への参加作品です。
Mr.Qさん、いつも素敵な企画をありがとうございます。