
【2025】中国華南の国立大学で日本語教師は携帯番号がない
皆さんは、個人の携帯番号をどこまで仕事に使っていますか。
取引先からの電話も、上司からの連絡も、全部自分のスマホで受けているという人もいると思います。
私は中国で社会人になってから、ほとんどずっと会社携帯を使ってきました。
名刺には携帯番号が入り、電話が鳴れば週末でも対応するのが当たり前だと思っていました。
ところが、中国華南の国立大学は、日本語教師に営業を期待していません。
名刺もなければ、携帯番号やSIMカードも支給されません。
私は今、「勤務先の携帯番号がない日本語教師」として、大学で働いています。
香港のコンサル会社は会社の携帯電話があった
2006年はまだスマホがない時代です。
メールよりも、携帯電話の通話が仕事の中心でした。
数人だけの小さなコンサル会社だったこともあり、私には社長のお下がりの会社携帯が支給されました。
もちろん番号は会社名義で、通話料金も会社負担です。
名刺には必ずこの携帯番号が入ります。
お客様とは、ほとんどこの番号でつながっていました。
出先でも、自宅でも、時間を問わず電話が鳴ります。
当時の私は、「この番号が鳴り続けるかどうか」が、自分の仕事ぶりを測る物差しのように感じていました。
休日に家族と外食をしていても、お客様からの着信が鳴ると、席を立って店の外で話し込むこともありました。
住宅ローンの重圧を感じていた当時の私は仕事優先のライフワークバランスを疑うことがありませんでした。
深圳のコンサル会社も会社の携帯電話があった
その後、私は深圳のコンサル会社に移りました。
2014年には、すでにスマホ時代になっていました。
通話だけでなく、WeChat(微信)が仕事の連絡に欠かせない存在になっていました。
深圳の会社ではスマホ本体は自前でしたが、会社の携帯番号、つまりSIMカードが支給されました。
もちろん通話料金は会社負担です。
名刺には携帯番号だけでなく、WeChat(微信)のQRコードが印刷され、お客様とは電話とチャットの両方でつながるのが当たり前になっていきました。
香港と深圳、場所は変わっても、「会社の携帯番号でいつでもつながっている」働き方そのものは変わりませんでした。
私にとって会社の携帯番号は、仕事の窓口であり、同時に仕事優先の「ワークライフバランス」のしるしでもあったのです。
教室でつながる教師と学生
2025年は、AIが普及し、スマホが完全に生活の中心になっている時代です。
そんな中で私は、ご縁があって中国華南の国立大学で日本語教師としてセカンドキャリアをスタートさせました。
すでにお話しましたが、「勤務先の携帯番号」はありません。
それでも、私は2年生、3年生、4年生の授業を担当し、合計で百数十名の学生に日本語を教えています。
学生とのコミュニケーションは、基本的に教室での対面です。
別の言い方をすれば、日本語教師である私は、学生と「教室でつながっている」ということになります。
通話やWeChat(微信)ではなく、同じ時間に同じ教室で顔を合わせることが、学生との主な接点になっているのです。
授業をサポートしてくれる「学習委員」
中国華南の国立大学では、「学習委員」という役割の学生がいます。
授業や宿題に関する連絡を、クラスの中で支えてくれる存在です。
たとえば、宿題を返却するとき。
私はクラスの学習委員にまとめて渡します。
すると、学習委員が1人ひとりの学生に配ってくれます。
学習委員が欠席したときは、日本の学級委員にあたる「クラス委員」が、その役割を代行してくれます。
私は授業のあと、使ったスライドをPDFにして学生に配布しています。
これは、コンサル会社時代にセミナー用のスライドをPDFで配布して喜ばれた経験から、大学の授業にも持ち込んだ工夫です。
配布のときに頼りにしているのも、学習委員です。
私は各クラスの学習委員、数人とだけWeChat(微信)でつながっています。
スライドのPDFや連絡事項は、その学習委員に送ります。
そこから先は、学習委員がクラスのグループチャットに共有してくれます。
百数十人の学生全員と、個別に携帯番号やチャットでつながる必要はありません。
私は限られた人数とだけ連絡を取り、あとはクラスの中の仕組みに任せる。
それでも授業は回るし、学生たちは必要な情報にちゃんとたどり着きます。
WeChat(微信)でつながる大学と教師
教師と学生は教室でつながっていますが、大学と教師は、必ずしも職員室で強くつながっているわけではありません。
常勤教師でも、週に3日ほどしか授業がありません。
授業日が重ならないと、同じ学科の同僚と数カ月顔を合わせないことも珍しくありません。
個人の携帯番号でWeChat(微信)を使っていれば、大学とは主にWeChat(微信)で連絡できます。
契約書には、緊急連絡先として中国本土の携帯番号を記入しなければなりません。
それでも、大学とのやり取りで、携帯電話の通話を使うことはほとんどありません。
大学という組織とは、WeChat(微信)で直接つながりますが、学生とは学習委員を介して間接的につながる。
ここには、会社員時代のように「会社の携帯番号に、あらゆる連絡が集中する」という感覚はありません。
通話料金は会社負担の代償
通話料金が会社負担というのは、当時の私にとって家計の助けでもありました。
香港でも深圳でも住宅ローンを返済しながら暮らしていたので、毎月の携帯代を自分で払わなくてよいのは正直ありがたかったのです。
けれど、その代わりに差し出していたものもありました。
本来なら、出勤と退勤のタイミングで仕事のオンとオフを切り替えられるはずです。
しかし会社の携帯電話を預かっている以上、極端に言えば、私は年中無休のコンビニエンスストアのように「365日24時間営業」しているような状態でした。
その後、個人名義の携帯電話を使うようになり、通話料金は自分で負担することになりました。
代わりに、少しずつ自分のルールを決めていきました。
たとえば、休日に家族と外食をしているときは、身内以外からの電話には出ない。
それだけのことで、私の中で仕事と生活の境界線が、少しだけはっきりしていきました。
ただ携帯番号が会社のものから個人のものに変わっただけ。
それなのに私には、それが会社優先のワークライフバランスから、家族優先のライフ・ワーク・バランスへと切り替わる、大きな分岐点だったように感じられるのです。
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