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Photo byvoice_watanabe

中国の少子化問題がまさに資本主義である理由

    「市場の原理」が愛情をも破壊する現代中国

    僕は以前、「僕は愛を証明しようと思う」というタイトルの恋愛工学についての小説を読みました。

    進化生物学や心理学に基づく様々な恋愛テクニックを女性に対して行い、性行為の回数を稼いでいくという女性の側からすれば胸くそ悪い話です。
    (僕もこの本に書いてあるテクニックを使ってセイコウ(成功、性交)したことがあります。)
    男性からすれば願ってもない実践書です。
    営業職をされている方にもおすすめの一冊です。
    しかし、著者の藤沢氏は進化生物学に詳しいだけあって、生物の本能に根ざした理論が興味深かったです。

    「女は一生に子供を産める数が限られている一方で、男は何回でも遺伝子を撒くことができる、そこに需給の差があるから女は女であるだけで価値がある。」
    「女はなるべく優秀な遺伝子を残そうとするから高学歴、高収入、高身長、そしてイケメンが好きで上昇婚志向なのだ。一方で格下とみなした男にはあからさまに冷酷な態度を取る。」

    この男女の需給の違いが軋轢を生んでいるのが現代中国の結婚市場です。

    中国では結婚に際して男性側がマイカー、マイホーム、高額な結納金を用意しなければなりません。

    また、中国では恋愛に関しても基本的にデートは男性がおごるのは当たり前、男性が女性に尽くすのは当たり前。
    でも女性は結婚するまで男性にセックスすらさせない。

    つまり、男性は自由恋愛の中で報われない投資をし続けて、本能的な欲も満たされず、やっと結婚にこぎつけても全財産を要求される(もちろん離婚したら全て妻のものだ)。

    完全に男女の需給バランスは崩れ、女性の側が圧倒的に買い手市場で、男性の足元を見て、値踏みして、理不尽なことも平気でやってのける。
    そのような女性は女としての市場価値が暴落する30歳を過ぎて「剰女(シュンヌー、売れ残り女)」となり、そのしっぺ返しをくらうことになる。
    これもまた中国が抱える社会問題の一つだ。

    一方で男性の場合、共産党員や国営企業に勤務している人、富二代と言われるような富裕層にとってはこの世の酒池肉林だ。
    金はいくらでもある、地位やコネもある、家も買える、ブランド物を女に買い与えられる、女性を消費するという贅沢ができるのだ。
    たとえ結婚していたとしても、毎晩若い女性と飲み歩いている富裕層だっている。
    モテる男はさらにモテて女性が殺到する、モテない(持たざる)男はいつまでも報われない。
    自由恋愛はまさに資本主義だ、中国はこのありさまが露骨に表れている。

    近年の中国は少子高齢化社会を迎えているがその闇は深い。

    多くの研究者が指摘するように「一人っ子政策」の失敗が原因の一つではあるが、この中国特有の面子社会と男女の根源的な市場価値の違いが相まって問題をさらに深くしているように思える。

    自分は元々好きな中国人留学生がいたから2年にも渡って中国語の勉強を頑張ってくることができた。
    中国語のおかげで、たくさんの優秀な人たちに出会い、就職活動でも評価してもらえた。
    人生で初めて彼女もできた。

    しかし、この中国の面子社会について知れば知るほど、幸せは中国には無いように思えてきた。
    また、寝ぞべり主義にもあるように、中国人自身も幸せに感じていないようである。
    昔からの華僑や、現代で言えば積極的に欧米諸国や日本、東南アジアへ国外脱出する彼らの姿から、面子文化による厳しい競争社会が中国人自身をも疲弊させていることが感じられる。

    最近は何一つ中国語の勉強に身が入らない。
    外国語の習得を通して様々な国の文化を知り、出会いにも恵まれる一方で、より深く知れば知るほどその文化の闇の部分も知ることになる。

    今自分は外国語学習における最大の難所にいるのかもしれない。
    また、テクニックに頼らず、本質的に男としてモテるようになりたい。

     
     
    報告書、見積書、契約書、申請書──企業に存在するあらゆる「書」を量産するショ(書)タローです。 その“書かされる日々”の中で、自分の物語(書)だけは失わず、そして日本人ムスリム(Hassan)としての日常を綴っています。 JTC文学|旅の記録|短編小説 | エッセイ

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