
【畝る!低音の美学】ニュー・ウェイヴ時代のフレットレス・ベース
フレットレス・ベースの効用とジャコの革新
フレットレス・ベースは、指板上に金属製の仕切りである「フレット」がないため、音程が不安定になりがちな反面、滑らかなポルタメント(連続的な音程の移動)や、歌うようなビブラート、途切れないハーモニクスなど、フレッテッド・ベースとは異なる音楽性を獲得しました。
70年代後半、Jaco PastoriusがWeather Reportや自身のソロ作で、リズムに乗せてルート音を提示するという従来的なベースの役割を超えて、表現力を極限まで拡張し、「フレットレス・ベース=旋律楽器」という美学を決定づけることとなりました。
機械化時代に生身を持ち込む装置
Jaco Pastoriusの手法が、テクノ化が進んだ80年代初期のポップ・ミュージックの世界にも浸透してゆきます。人間性を廃し正確に等間隔で繰り返す電子楽器のサウンドと、それとは真逆の人間的な「揺らぎ」が特徴のフレットレス・ベースのサウンドの取り合わせが多用されるようになりました。
フレットレス・ベースは、硬質なリズム・マシンやシンセとの対比によって、機械化の時代に生身のニュアンスを持ち込む装置として機能し、ニュー・ウェイヴのひとつの「シグニチャー・サウンド」となりました。次章では、この時代の代表的なフレットレス・ベースのプレイヤーを紹介します。
ニュー・ウェイヴ時代のフレットレス・ベース
◼️Mick Karn
まずはこの人の名前を挙げないわけにはいかないでしょう。Mick Karnのベースは、「揺れる」を通り越して「畝る」と表現するのが適切です。低音から高音まで一気にスライドする大きなポルタメントや、リズムの裏を撫でるようなビブラートを駆使して、もう一つの主旋律とでも言えるような独特のフレーズを編み出します。
取り分けJapanの楽曲では、盟友Steve Jansenとの絶妙なコンビネーションで、偏執的なほど凝ったリズム・パターンを生み出し、David Sylvianのヴォーカルとともに、JAPANの楽曲を特徴づけるシンボル的な役割を果たしていますよね。上の3曲は、どれもSteveのドラムとの絡みが抜群です。
初ソロ・アルバム『TITLES』は、Japanとしての活動末期の'82年にリリースされ、バンドを離れたMick個人の音楽的背景や趣向がよく分かる一枚。特にインスト曲を集めたA面では、もう解き放たれたように弾きまくって、畝りまくっています。
'83年のMidge Ureとのコラボ・シングル「After a Fashion」では、流れるようなラインのバース部分と、ダブルストップやスラップを使った派手目のサビとの対比が見事。'84年には、BauhausのPeter MurphyとのユニットDalis Carを結成。上記は、アルバム『The Waking Hour』からユニットと同名の曲で、鮮やかなフィンガリング技術を堪能できます。
◼️Pino Palladino
まだ無名のセッション・ベーシストだったPino Palladino。'82年のGary Numanのソロ・アルバム『I, Assassin』に起用されます。一聴して分かるのは、Mick Karnとの類似性です。Mickは、著書『ミック・カーン自伝』の中で、誰か知らずにこのアルバムを聴き、「僕のスタイルをまねたプレイであり、しかも僕より上手かった」と言っています。
Mick自身もGary Numanの1つ前のアルバム『Dance』に参加しています。それからというもの、Numanはライブ・ツアーにストーカーのように付きまとうほどJAPANに執心していたと、前述の自伝に記しています。実際、このアルバムのPinoのプレイはどれも素晴らしいものですが、David Sylvianを過剰に意識したようなNumanのヴォーカルが鼻につきます。
その後Pinoは、(ニュー・ウェイヴとは少し違いますが)Paul Youngとの一連の仕事によって広く注目され、一躍人気セッション・ベーシストとなりました。Marvin Gayeの「Wherever I Lay My Hat (That's My Home)」のカバーでは、イントロからフレットレス・ベースがリード楽器の役割を果たし、主役と言って良いほどの存在感ある演奏なのに、歌が始まると決してヴォーカルを邪魔しない、まさに名演です。
◼️Percy Jones
Brand XのPercy Jonesは、当代随一のフレットレス・ベースの名手。そのプレイは、細かく区切られたスタッカートと中域のふくよかな揺れの対比が見事で、同時にとてもメロディアス。デビュー前のMick Karnは、Brian Enoの『Another Green World』での彼のプレイを一生懸命コピーしようとしたと、前述の自伝で語っています。
そのMick Karnも参加した、土屋昌巳の1stソロ・アルバム『Rice Music』に収録の「ナイト・イン・ザ・パーク」では、旋律は激しく動いているのに、何か大人の余裕のようなもの感じます。そして、4分50秒あたりからフェイド・アウトまでは、もう彼の独壇場。まさに圧巻のベース・ソロです。
Percy Jonesは、70年代からプログレ〜アヴァンギャルド界隈で活躍していましたが、この時期には、特に日本のニュー・ウェイヴ・バンドとの縁が深く、同じく'82年発表のMelonの『Do You Like Japan?』にも全面的に参加。同名のタイトル曲では、ポイントで高音やハーモニクスを上手く混ぜながら、メリハリの効いたプレイを聴かせてくれます。
◼️Matthew Seligman
Matthew Seligmanは、70年代後半からキャリアをスタートさせ、複数のバンド活動を経て、Thompson Twinsに加入。'82年のアルバム『Set』を制作後、グループが3人組に再編されるタイミングで脱退し、Thomas Dolbyのバンドに参加します。
'84年のアルバム『Flat Earth』に収録の「Screen Kiss」では、長く伸びるスライドや緩やかな音程の揺れが、Dolbyの知的で密室的なサウンドに独特の官能的な空気をもたらしています。同アルバムの「Mulu the Rain Forest」では、メロディをなぞるような高音部のプレイが印象的。
Steve JansenとRichard BarbieriのユニットThe Dolphin Brothersのアルバム『Catch The Fall』にも参加しており、控えめで上品なフレットレス・ベースを披露していますが、下積み時代からの盟友Thomas Dolbyとの仕事がベストと言って良いでしょう。
◼️Nick Feldman
Wang ChungのNick Feldmanは、1stアルバム『Huang Chung』で、全編にわたってフレットレス・ベースを弾いています。同アルバムの「Straight from My Heart」では、フレットレス特有の大きな揺れは抑え気味ですが、短い音を切れ味よく、正確に速いリズムに乗せています。2ndアルバム『Points On The Curve』からは、楽曲のアレンジ面の要請もあってか、フレッテッド・ベースに持ち替えています。
◼️Paul Webb
Talk TalkのPaul Webbは、控えめな揺れと柔らかいアタックで、シンセとヴォーカルの隙間を丁寧に繋ぐスタイル。1stアルバムのタイトル曲「Talk Talk」では、時折スラップを交えながらも、コード進行に忠実なプレイを展開。暴れられそうな中間のブレイク部分も自己主張はなし。「Have You Ever Heard The News」で、かろうじてメロディっぽい演奏が聴けますが、アルバム全体を通じてリズム楽器としての役割が大半を占めています。
◼️John Taylor
Duran DuranのJohn Taylorは、基本的にはファンクっぽいフレッテッド・ベースを得意としており、自身でも「シリアスなフレットレス・ベース・プレーヤーではない」と言っていますが、いや、どうして。「Japanのファンなのでどういうことができるかも知っている」とも語っており、2ndアルバム『Rio』に収録の「Lonely in Your Nightmare」では、フレットレス特有の揺らぎを最低限にとどめつつ情緒を添えるバランス感覚が秀逸です。
◼️Andy Pask
Wikipediaによると、China Crisisの「Christian」は、ライブではバンドのベーシストGary Johnsonがプレイしていますが、アルバムではLandscapeのAndy Paskがフレットレス・ベースを弾いているという珍しいパターン。冒頭のゆったりしたスライドが耳を惹きますが、全体的には音数が少なく、目立ったテクニックも使われておらず、ミニマルで牧歌的な印象です。
“歌う低音” フレットレス・ベースの衰退
80年代初頭に流行したフレットレス・ベースは、90年代に入ると明確に影を潜めていきます。その理由は、グランジやオルタナなど、ルート中心のロック的なプレイが求められるジャンルの隆盛、R&Bやヒップホップにおいてサンプル中心のトラック・メイキングが主流になったことなどが挙げられます。
また、80年代的な深いエフェクト、大きなビブラートといった要素自体が過剰で古いものとされるなど、様々な側面が重なり合った結果と言えるでしょう。そのことは、Pino Palladinoが90年代後半からプレシジョン・ベースに持ち替え、D’Angeloの『Voodoo』に参加した事実に象徴的に表されています。
フレットレス・ベースは、シーケンスの規則性に曖昧な揺れを与え、テクノ的なサウンドと人間的な体温のギャップという良い意味での違和感をもたらし、1980年代初期のニュー・ウェイヴの質感を決定づけました。その短い時期に生まれた音楽的美学は、いま聴いてもとても新鮮で興味深く、魅力的ですよね。
*この投稿は、予告なく改訂することがあります。
- #japan
- #80年代洋楽
- #音楽エッセイ
- #Landscape
- #newwave
- #ニューウェイヴ
- #DuranDuran
- #marvingaye
- #Dangelo
- #フレットレスベース
- #BAUHAUS
- #MelOn
- #davidsylvian
- #土屋昌巳
- #JacoPastorius
- #Brian
- #WeatherReport
- #GaryNuman
- #brandx
- #ThompsonTwins
- #PaulYoung
- #petermurphy
- #MickKarn
- #SteveJansen
- #ThomasDolby
- #PinoPalladino
- #johntaylor
- #TalkTalk
- #MidgeUre
- #ChinaCrisis
- #WangChung
- #fretlessbass
- #RichardBarbieri
- #thedolphinbrothers
- #DalisCar
- #PercyJones
- #MatthewSeligman
- #NickFeldman
- #AndyPask
- #GaryJohnson