メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

読曞感想 「震矎術論」 怹朚野衣 『「䞖界」の芋え方が倉わる本』

     東日本倧震灜に匷く圱響を受けた幎出版の䜜品でもあるし、矎術に぀いおの著䜜でもあるのだけど、今のように「倩灜」に䌌た感染症に脅かされる毎日でこそ、読むべき本ではないか、ずも改めお思う。

     ペヌゞを超え、倀段も高めであるし、自分は図曞通で借りお読んだから、よけいに掚めるこずにもためらいがあるが、読んだあずは、今、自分が䜏んでいる堎所 倧げさかもしれないが「䞖界」 の芋え方が倉わっおしたうほどの圱響を受ける可胜性もある。少なくずも、私は、それ以来、日本ずいう堎所に䜏むこずの意味が、それたでずは、違った感芚になっおいる。

     誰もが芋過ごすような小さな違和感、ずおも埮现な぀ながり。

     著者の怹朚野衣は、もしかするず、䞖界でただ䞀人、そこに気づき、そこにこだわり、短期的な集䞭力ではなく、長期的に集䞭し続ける思考力によっお、クむズ番組で芋るような光景だが、䞀枚、䞀枚、パネルがはずされおいき、実は、最初から、そこにあった党䜓像が明らかになる。
     読み進むず、そんな印象の䞭で読み終えるこずができる本だった。
     そしお、明らかになった、その党䜓像は、日本列島ずいう堎所そのものの実像だった。

    「倩灜は忘れたころにやっおくる」の意味

     著者は、矎術評論家であるから、語っおいく玠材は、あくたでも矎術であり、矎術䜜品でもあるのだが、執拗ずいえるほど、語り盎されおいく日本の歎史の䞭で、どれだけ自然灜害が倚かったのかを、読む偎は、改めお知らされるこずになる。

     ただ、少し冷静に振り返れば、自分自身も、どれだけ「日本列島」で灜害が倚かったか、ずいう蚘録や痕跡には、曞籍で映像で歎史的な遺物で、もしかしたら道端の石碑で、ずっず觊れ続けおきたはずだった。だけど、平穏な日垞を送るためには、そこをいったん忘れないず、生きおいけない、ずいうのが人間でもあるのだから、仕方がないのだけど、その忘れようずしおいる自分にも気づかされる。

     倩灜は、忘れたころにやっおくる。

     昔から蚀われおいたらしいこの蚀葉も、倩灜に備えよ、ずいう譊句ずいうだけでなく、忘れないず生きおいけない、ずいう日本列島の切実な事情たで含たれおいるのではないか。そんなこずを思うようになったのも、この「震矎術論」を読んだ圱響だず思う。

    「揺れる日本」ず「揺れない西欧」

     今の矎術は、元は西掋瀟䌚で生たれたずいっおいいから、その西掋に远い぀くのが、日本の目暙でもあった。ただ、瀟䌚的な違い、文化的な差、ずいった郚分に議論が集䞭しがちだが、物理的にどんな地盀に成立しおいるかの違いに、読んでいくず、嫌でも、目を向けさせおくれる。

     西欧においおは、むタリアをのぞいお、䞖期半ばに、ポルトガルのリスボンを襲ったリスボン倧地震以来、倧地震を経隓しおいないずいった指摘もあるが、改めお、そんなに揺れおいないのか、ず思う。

     揺れないこずが前提であれば、地震に぀いお考える必芁もないから、もしかしたら、そういう歎史に぀いおは、西欧自身は無自芚な可胜性もある。日本列島の䜏民からみたら、もっずも分からない感芚が「倧地が揺れないこずぞの信頌」なのかもしれない。

    戊䞭、戊埌に倚発しおいた地震

     そしお、個人的には、日本列島の芋え方が、もっずも倉わったず思えたのは、地震、そしお灜害に぀いおの、歎史の語り盎しだった。

     たずえば、第次倧戊䞭、もしくは戊埌すぐに、日本が倚くの倧地震に襲われおいたこずは、知らなかった。

     その䞭でも、䞉重県を䞭心にマグニチュヌドクラスだから、間違いなく倧地震だった 東海南地震が、幎月日に発生しおいたこずは、恥ずかしながら、党く知らなかった。翌日には真珠湟攻撃だったから、囜嚁発揚のために、その地震発生のこずは、圓時、培底的に情報統制された、ずいう。
     
     それは、北海道で、突然の噎火によっお、幎に昭和新山が誕生したこずにも適甚されおいた。
     だから、圓時の「灜害」のこずが、広く知られる機䌚自䜓が、ずおも少なかった。

     戊争はあったものの、その時期ず、倧地震のこずは結び぀きにくくなっおいるのは、私の個人的な無知だけではなく、圓時の情報統制が、結果ずしお長く続いおしたったからではないだろうか。それは、高床経枈成長ずいう「囜嚁発揚」のために、意図的なのか無意識なのか分からないが、隠されるこずになったのではないか、ず思えるようになった。

    「地震の平穏期」が可胜にした高床経枈成長

     䜕癟幎単䜍でいえば、火山の䞊に䜍眮しおいるずいっおもいい日本列島ずいう堎所は、地震があるほうが垞態であり、それに加えお、台颚もやっおくる「灜害列島」ずいっおもいい堎所だったし、今もそれは倉わらない。

     ただ、人は自分が生たれお育った時代が基準になっおしたう。だから、第次倧戊埌、もちろん様々な地震や灜害はあったものの、「日本の戊埌は地震の平穏期だった」怹朚ずいう指摘があるたで、それが皀な時期であった、ずいう自芚は党くなかったこずに気づく。

     本圓に倧地震ずいう蚘憶があるのは、幎の阪神淡路倧震灜なので、戊埌に玄幎の「地震の平穏期」が䞎えられた前提がなければ、もしかしたら、高床経枈成長はありえなかったかもしれないず考えるず、歎史の芋え方たで、少し倉わっおくる。

     その埌も幎には東日本倧震灜が起こり、原発事故たで起こったが、その受け入れ方も、実は、長幎の感芚が関係しおいるのではないか。それは、普段は忘れおいるかもしれないけれど、非垞時になるず思い出すように䜜動しおいるのではないか。
     ぀たり、原爆の投䞋や、原発事故も、倩灜のように受け入れおしたうのは、長幎の歎史のせいではないか、ずいう芋方を著者は、提瀺した䞊で、さらに「灜埌」のこずたでの射皋も瀺しおいる。

    この列島が、戊埌ずいう地質孊的に蚀っお盞察的に穏やかだったたどろみのような時間のなかで、ひずずきだけ、長く立お続く倧きな地震から、かろうじお守られおいただけだからなのかもしれない。
     けれども、私たちはいたや私たちの新しい矎術を、この震える列島の䞊で、その動かしがたい珟実にならっお玡ぎ盎さなければならない。

     この本は地震のこずに重点がおかれおいるもの、ルネッサンスは、黒死病ペストの襲来がなくしおは出珟しなかった、ずいう指摘もあるし、たるで「アフタヌコロナ」の時代にも察応しおいるかのような磯厎新のオリンピックスタゞアムの案など、数倚い興味深いむメヌゞにもあふれおいるので、改めお、これからの䜜品ずもいえるのではないか、ず思っおいる。

    「君の名は。」に぀いおの芋方も、少し倉わった

     ずころで、この「震矎術論」を読んでから、芋方がちょっず倉わった映画がありたす。

     この映画に぀いおは、いろいろな人が詳现に語り尜くしおいるず思いたすし、私には、今さらになっお䜕かを語るほどの力も資栌もありたせん。それでも、「震矎術論」を読んだあずに芋方が倉わった点だけ、少し曞きたいず思いたす。

     この「君の名は。」の䞻人公たちが発揮するずいうか、巻き蟌たれる胜力に関しおは、芋おいる時も、芋おからも、あり埗ないけれど、ストヌリヌを成立させ、盛り䞊げるために必芁な蚭定、ず思っおいた。

     灜害の䞭で生き残っおきた日本列島ずいう堎所では、䞀぀の島が突然沈む䌝説たであるし、そうなるず、蚘録しお曞物などで残すずいった事たで、意味がなくなる。だから、人から人ぞ手枡しのように぀なげおいく、蚘憶に賭ける、ずいった発想になるのではないか。そんな「震矎術論」に曞かれた内容が、たるで「君の名は。」のこずずも重なった。

     そうなるず、この「君の名は。」で芋せる特殊胜力も、人間が灜害に察抗するために、必死で無理やりにでも創出した胜力ずいう印象に倉わり、絶察にあり埗ない、ずいう芋方ではなく、もしかしたらあり埗るかも、に少し考えが倉わりたした。


    他にもnoteをいろいろず曞いおいたす↓。よろしかったら、クリックしお読んでいただければ、ありがたく思いたす。

    読曞感想 「それを、真の名で呌ぶならばヌ危機の時代ず蚀葉の力」  レベッカ・゜ルニット 著  枡蟺由䜳里 èš³

    読曞感想 『ケアぞのたなざし』「存圚そのもので支えるセラピスト」

    読曞感想 「玔床の高い匷い぀ながりを描いおいる䜜」ヌ 「平堎の月」「倫のちんぜが入らない」「最高の任務」。

    読曞感想 『デッドラむン 』 千葉雅也 「思考するこずの、さわやかさ」

    い぀もじゃない図曞通ぞ行っお、垰っおくるたでのこず。

    読曞感想 『公の時代』  「ダバ」くお、「゚クストリヌム」な察談

    #読曞感想文   #怹朚野衣   #震矎術論
    #読曞   #地震   #灜害   #アフタヌコロナ
    #矎術   #矎術評論


     
     
    幎月投皿開始。珟圚、蚘事数は玄。「曞くこずが、仕事になる」を目指し、幎月からは、毎日、noteに投皿を続けおいたす。暮らしたわりの出来事を、曞くこずが倚くなりたした。東京郜圚䜏。

    あなたぞのおすすめ