
【AI×子育ての極意】#2 AIを禁じれば、子どもは守れるのか|禁止の反対は、解禁ではなく設計です
前回は、AIを禁止した国で何が起きたのかを見ました。
オーストラリアは、16歳未満のSNS利用を禁止しました。
世界で初めての国家法です。
3ヶ月後のデータでは、禁止のあとも81%以上が使っていました。
毎日使う人の割合は、ほとんど変わっていませんでした。
そして、親が把握しなくなっていました。
禁止は、使わせない方法ではありませんでした。
使っていることが、見えなくなる方法でした。
今回は、その続きです。
ここからは、調べたことではなく、私の考えを書きます。
禁止は、いちばん早く効くように見える方法です
使わせないことは、今日からできます。
決めて、知らせて、取り上げれば、その日のうちに終わります。
調整も、話し合いも、待つ時間もいりません。
ほかの方法と比べれば、比べものにならないくらい簡単です。
だから、禁止は、いちばん効く方法に見えます。
ただ、早く効くことと、効いていることは、別です。
オーストラリアで起きたのは、使わなくなることではありませんでした。
使っていることが、見えなくなることでした。
禁止して、安心した人がいます。
大人です。
子どもの側では、何も変わっていませんでした。
むしろ、困ったときに相談する相手が、いなくなっていました。
私は、大人の安心と、子どもの安全は、別のものだと思っています。
同じに見えるのですが、違います。
安心は、こちら側の状態です。
安全は、あちら側の状態です。
禁止は、こちら側だけを整えます。
禁止事項は、増える一方です

私は33年、学校で子どもたちを見てきました。
そのあいだに、持ち物を禁止して、それで困ったことが起きなくなった、という例を、正直あまり思い出せません。
禁止すれば、その場からは消えます。
消えたものは、どこかへ行っただけでした。
教室の外に、少し見えにくい形で残っていました。
そして、私は、禁止事項は少ないほうがよいと思ってきました。
禁止事項が増えると、よいことは、あまり起きないと思っています。
理由は、3つあります。
まず、子どもにとって、過ごしづらくなります。
次に、先生は、その一つ一つをチェックしなければなりません。
見る時間が、そのぶん増えていきます。
そして、保護者にも、一つずつ理解してもらう必要があります。
ここが、いちばん難しいところです。
何が危ないかという感覚は、人それぞれだからです。
それでも、問題が起きれば、禁止事項は増えていきます。
増えたものを減らす仕組みは、ありません。
その中で、支援をしなければならない。
私は、現場で、日々ジレンマを感じていました。
禁止は、足し算しかできない方法です。
そして、足し算は、いずれ重くなります。
重さを感じるのは、いちばん弱い立場の人です。
人は、思うようには動きません
大人は、自分が思うように人を動かせると、どこかで思っています。
思っているのですが、実際には動きません。
動かないので、もっと強く言います。
強くしても、動きません。
この繰り返しの中で、いちばん先にすり減るのは、言われている側です。
私自身、教える立場で、この錯覚の中にいたと思います。
だから、いまは少し違うふうに考えています。
人は動かないものだという前提に立つと、こちらが何をするかが変わります。
動かすのではなく、動けるように置いておく。
待つ。
それだけのことなのですが、禁止より、ずっと難しい。
置いていかれるのは、子どもの側です

取り上げる側の安心が先に立つと、当事者の感覚は入りません。
子どもは、いま休みたいと思っています。
これは楽しい、これはつらいと、ちゃんと感じています。
その声を、大人の心配が上書きしてしまうことがあります。
心配しているのですから、悪気はありません。
悪気がないぶん、止まりにくいのだと思います。
子どもにも、説明を聞いて、自分で決める権利があります。
これは、私が教員として長く子どもを見てきて、いちばん強く思うことです。
子どもは、小さい大人ではありません。
判断する力は、任された分だけ育ちます。
任せなければ、育ちません。
禁止は、任せない方法です。
だから、育つ機会も、一緒に止めてしまいます。
好きな言葉があります
テレビドラマに出てくる高校生のセリフです。
大人は、危ないからと言って、禁止することばかり言う。
でも、こちらにはやり方を教えてくれていない。
その高校生は、そういう苛立ちを口にしていました。
「泳いじゃダメって言う。泳ぎ方も教えてないくせに」
この言葉が、ずっと残っています。
禁止することは、教えることではありません。
教えていないのに、できないことを責める。
それは、教えたことになりません。
世界の国々がしていることの多くは、禁止ではありません。
順序を決めることです。
いつから触れさせるか。
何を先に教えるか。
どこで手を離すか。
そして、禁止ではなく、付き合い方を設計することです。
では、どう付き合うか

では、どうすればいいのか。
ここからは、抽象的な話ではなく、順序として書きます。
どれも、世界のどこかで、もう始まっています。
発達の段階で、決める
いちばん大事なのは、これだと思います。
同じ年齢の子どもに、同じものを、同じだけ渡す必要はありません。
渡す時期は、発達の段階で決める。ノ
ルウェーは、6歳から13歳までは原則として使わないとしました。
これは、慎重な側の設計です。
それでも、ノルウェーは、支援が必要な子どもへのAI提供は続けるとしています。
一律ではないのです。
ここを、私は評価しています。
使える子には使わせ、急がない子には急がせない。
当たり前のことを、国が決めて、書き残した形です。
使わせる側と、守る側を同時に設計する
中国は、学校では全面推進を打ち出しました。
同時に、未成年に対するAIの恋人や仮想パートナーは禁止しています。
進めることと、線を引くことを、同時にやっています。
これも、設計です。
見抜く力を、教える
フィンランドは、1990年代からメディアリテラシー教育を続けてきました。2025年3月には、国家としての推奨事項をまとめています。
道具を遠ざけるのではなく、道具を見抜く力を渡す。
時間はかかります。
ただ、いちばん長く効く方法だと思います。
(出典:STEAM JAPAN/聯合ニュース)
日本は、いまどこにいるのか
日本には、法律による禁止がありません。
だから、遅れているとは、私は思いません。
国が一律に決めなかったことで、かえって現場の設計を選べる立場にあります。
文科省のガイドラインは、Ver.2.0が令和6年12月26日に出ています。
2026年6月30日からは、Ver.2.1への改訂の検討が始まりました。
(出典:文部科学省)
学校の現場では、すでに多くの学校が持ち込みを禁止しています。
家庭でも、それぞれが決めています。
国が決めていないぶん、設計するのは、私たちです。
先人も、同じ判断をしていました
最後に、1つ紹介します。
スティーブ・ジョブズは、自分の子どもにiPadを使わせませんでした。
ビル・ゲイツは、14歳まで携帯電話を持たせませんでした。
これを読むと、禁止に見えるかもしれません。
でも、2人とも、禁止したのではありません。
順序を決めたのです。
使わせない期間を、自分で決めた。
そして、その期間を終えたあとは、渡しています。
道具を作った人が、自分の子どもには順序を決めていた。
私はこの事実を、重く受けとめています。
禁止の反対は、解禁ではなく設計です

ここまでの話を、一度まとめます。
禁止は、すぐに手に入ります。
決めて、知らせれば、今日からできます。
その代わりに、いちばん大事なものが消えます。
困ったときに、子どもが相談する相手です。
私は、それを選びたくないのです。
禁止の反対は、解禁ではありません。
設計です。
そして、設計は、禁止よりずっと面倒です。
相手の年齢を見て、その子の様子を見て、いつ手を離すかまで決めておく。決めて、待って、また見直す。
すぐには終わりません。
それでも、こちらを選びたいと思っています。
次回は、私の家の話を書きます。
何を決めて、実際に何が起きたのか。
10月13日(火)に公開します。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
あなたは、誰かに何かを禁止して、動かなかった経験はありますか。
私はあります。強く言うほど、離れていきました。
禁止が効かなかったとき、私たちに残されているのは、設計です。
▼ 【AI×子育ての極意】シリーズのマガジンはこちら
これまでの記事と、今後の更新は、こちらのマガジンにまとめていきます。
次回は、10月13日(火)12:00に「家庭のルールには、出口を用意しました」を公開します。国には出口がなくて、家庭にはあります。その違いを書きます。
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この記事の前提になった回は、こちらです。
#1 「AIを禁止した国で、何が起きているのか」
最後まで読んでくれたあなたへ
ありがとうございます。
この記事が、あなたの家庭の何かの役に立てば、書いた意味があります。
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「こうしている」という話があれば、コメントで教えてください。
うまくいっていない話のほうが、参考になります。
今後もよかったら、のぞいてみてください。