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弟は先天性難聴なのに、普通の音量で会話する家族の謎

    弟は、生まれつき耳が聞こえない。

    普通の家族なら、手話を覚えるとか、筆談するとか、何かしら工夫しそうなものである。ところが、うちの家族は違った。全員、普通の音量で弟に話しかけていた。

    「ごはんできたでー」
    「今日どこ行ってきたん?」
    「はよしなさい!」

    弟は補聴器はつけていたけれど、こちらの言葉はほぼ届いてない。それなのに、母は普通に話しかけ、返事がなければ普通に怒っていた。今思えば、なかなか無茶な家庭である。

    ただ不思議なことに、家族の中ではそれで会話が成立しているような気分になっていた。弟もなんとなく雰囲気を読んで笑ったり、うなずいたりする。こちらもそれを見て「伝わってるな」と勝手に納得する。

    これ、『犬との会話』と同じである。

    犬に向かって「散歩行くで〜」と言エバ、しっぽを振る。でも実際には「散歩」という言葉を理解しているのか、飼い主のテンションで察しているのかはよくわからない。話しかけたことで満足していたのだ。

    弟との会話も、かなりそれに近かった。

    「今日の晩ごはん肉やで」

    弟はニコッとすれば、母は満足する。

    会話とは何か。国語の授業なら怒られそうな状態だが、実家ではこれで日常が回っていた。

    そして驚くべきことに、弟のお嫁さんも同じだった。手話をすることなく、普通の音量で弟に話しかけている。

    「これ取って〜」
    「今日どうする〜?」

    その光景を見た時、「あぁ、実家の犬式コミュニケーションは、ちゃんと次世代へ受け継がれている」のだと感心した。

    本当はもっと工夫できたのだろう。手話を覚えるとか、筆談するとか、方法はいくらでもあったはずだ。けれど、うちの家族はそこへ行かなかった。

    悪気があったわけではない。雰囲気でなんとなく伝わっている気がして、そのまま進んでしまったのである。

    言葉より空気。
    意味よりテンション。
    伝達より、話しかけた気分。

    それが、うちの実家の会話だった。

    ドラマ『愛していると言ってくれ』を見るまで、手話を覚えるという発想すらなかった家族である。今さらながら、弟はなかなかたくましく育ったと思う。

    もしかすると、私も弟も、犬のしつけと同じくらいの雑さで育てられたのかもしれん。

    それでも不思議と、家族だった。

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    🔗前章はこちら:娘は食い尽くし系🍖
    🌀シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥

     
     
    大阪産🐯→沖縄で独立🌺→娘の進学で上京🏙️ 犬🐶たちと一緒に日常のモヤモヤをエッセイっぽく雑筆中📖 人生を見つめ返しながらぼやき🗣️ ……いや、書き散らかしてるかも🫢 「なんでやねん」があれば、だいたい一本書ける。 ......知らんけど(≖ᴗ≖ )フフフ…✨

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