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【風文(かぜふみ)のこと】

    昔、聞いた話。

    舞い落ちる雪の粒の中に、極くまれに、木の葉型のものがある。

    それを風文と言う。


    ◇

    この話を見かけたのは、20年以上前のインターネットの片隅だった。

    雪山で遭難した人の最期の想いが、風に乗って家族へ届く。

    そんな伝説のような話だった。

    本当にどこかの山村に伝わる話なのか、それとも誰かの創作なのか。

    今となっては分からない。

    ただ、なぜかその話だけは心に残った。


    当時、私は山岳救助隊として活動していた。

    助けた命がある。

    助けられなかった命もある。

    だからだったのかもしれない。

    私はその文章をノートに書き留めていた。


    あの正体不明の話は、年月を重ねるほど私の中で少しずつ形を変えていった。

    そしてある日、一つの掌編になった。

    『風文』。

    遭難した若者の想いが風に託され、母のもとへ届く物語。

    雪様と仔兎が現れ、母は小さな祠を作る。

    不思議な話である。

    だが私にとっては、ただの幻想ではなかった。

    あの物語には、助けられなかった人たちへの祈りと、残された人たちへの願いが、少しだけ混ざっていたように思う。

    書いた当時は気づいていなかった。

    いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。

    『風文』は物語だった。

    同時に、私自身が長いあいだ抱えていた何かでもあったのだと思う。


    ◇


    noteへ投稿したのは昨年の秋だった。

    正直に言えば、大きな期待はしていなかった。

    掌編小説だ。

    しかも、雪山の遭難者が風に想いを託すという、決して派手ではない物語だ。

    静かに流れていくと思っていた。

    ネットの文章など、風に吹かれる落ち葉のようなものだと思っていたから。

    誰かの目に留まっても、翌日には忘れられてしまう。

    そんなものだろう、と。

    ところが『風文』は思いがけない旅に出た。

    たくさんの人が読んでくれた。

    感想を書いてくれた。

    自分の記憶を重ねてくれた人もいた。

    失った家族を思い出した人。

    故郷の風景を思い出した人。

    誰かに伝えられなかった言葉を思い出した人。

    私が書いたはずなのに、いつの間にか『風文』は読者それぞれの物語になっていた。

    今になって思う。

    あの作品の主人公は、遭難した若者でも母でもなかったのかもしれない。

    読んだ人の心の中にいる誰かだったのだろう。


    そして、『風文』は人も運んできた。

    それまで出会わなかった人たち。

    創作を続ける仲間たち。

    コメント欄で笑い合った人たち。

    励ましてくれた人たち。

    時には、自分よりずっと優れた文章を書く人たち。

    振り返ると、不思議なものである。

    私は『風文』を書いたつもりだった。

    けれど実際には、『風文』に連れられて歩いていたのかもしれない。

    作品を書いたのは私だ。

    だが、その作品が見せてくれた景色は、私一人では決して辿り着けなかったものだった。

    だから感謝している。

    読んでくれた人たちへ。

    出会ってくれた人たちへ。

    そして何より、『風文』そのものへ。


    ◇


    そんな『風文』を、私は創作大賞のオールカテゴリ部門へ応募した。

    受賞をねらってのものではない。

    むしろ逆だった。

    創作の世界には、もっと巧みな文章がある。

    もっと完成された物語もある。

    それは分かっている。

    それでも応募した。

    それは挑戦というより花向けだった。

    長いあいだ自分の中にあった物語。

    たくさんの人と出会わせてくれた物語。

    私の創作の原点になった物語。

    だから最後に、少し大きな場所へ送り出してやりたかった。

    結果は風が決めることだ。

    届くかもしれない。

    届かないかもしれない。

    だが、それはもう私の手を離れた。

    風文なのだから、それでいい。


    ◇


    最近になって、私はあることを考えるようになった。

    『風文』を書いたのは私だ。

    だが、『風文』の始まりは私ではない。

    あの日、ネットの片隅で見つけた正体不明の言葉だった。

    誰が書いたのかも知らない。

    本当に伝承だったのかも分からない。

    もしかしたら、私と同じように何かを思い、誰かが書き残した創作だったのかもしれない。

    けれど、その言葉は私の中に残った。

    20年以上残った。

    そして掌編になった。

    だとしたら。

    私は作者というより、受取人だったのかもしれない。

    風に乗ってきたものを拾い上げ、自分なりの形にして渡しただけなのだと思う。


    だから、この記事を書こうと思った。

    感謝を伝えるために。

    そして返すために。

    『風文』は、たくさんのものを私にくれた。

    読者との出会い。

    創作仲間との出会い。

    忘れられない作品との出会い。

    そして、自分が本当に書きたかったものとの出会い。

    十分すぎるほどである。

    だから今度は、私が風へ返す番なのだと思う。


    ここに置いていく。

    『風文』の原型になった言葉を。

    本物の風文を。

    私はそれを受け取った。

    そして『風文』を書いた。

    もし、これを読んだ誰かの心に残るなら。

    もし、何年か後に別の物語になるなら。

    それもまた風文なのだろう。


    ◆

    昔、聞いた話。

    舞い落ちる雪の粒の中に、極くまれに、木の葉型のものがある。

    それを風文と言う。

    風文は、人肌に触れ、融ける瞬間、声になる。

    それは、山で遭難した人の今際のきわの言葉。

    はからずも死者となり、魂は黄泉路を、身は山路に留まらざるを得なくなった者を、 雪様が憐れみ、近しい者に届けてくれる便りだ。

    雪様の姿は千差万別。

    ただ、いつも足元に白い仔兎が遊んでいるらしい。

    それで、風文を貰った人は、かぼちゃ程の小さな祠を作り、中に小さな雪兎を祀る。

    お供えは、熊笹の上、胡桃の殻の片割れにお団子、もう半分にお酒を上げる。

    話してくれた夫婦は、ご主人のオーバーの袖口に付いた風文から、確かに息子の声を聞いたと言う。

    “ごめん、春にはきっと帰る”

    その言葉どおり、翌年の春の終わりに、彼は山から帰って来た。

    以来、風文は来ないが、息子の命日には、庭に小兎のちょこなんと納まった祠が作られる。
    (以上、原文)

    ◆


    この話が本当かどうか、私は知らない。

    伝説なのか、創作なのかも分からない。

    けれど私は受け取った。

    だから、ここへ置いていく。

    風は、思いがけない場所へ吹くことがある。

    昔、誰かが置いていった言葉が私に届いたように。

    今度は、この風が誰かのもとへ届きますように。



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    私の風文はこちらです


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