
そして、創作の黙示録が始まった。
あれから6年が経った。
日本のどこか、山奥の小さな集落――。
「いやぁ〜!今年は大豊作だなぁ!サツマイモもカボチャも山ほど採れたぞ!しばらくごちそう三昧だな!」
「おーい、娘たち!そろそろ家に帰るぞ!寒くなってきた!」
この6年間、俺は2人の娘と一緒に、この小さな集落で暮らしてきた。
豊かな自然。数軒の家。静かに暮らす隣人たち。
質素で、穏やかな生活。
そして何より……。
安全だ。
あの危険から、遠く離れている。
「……パパ」
長女が声をかけてきた。
「……ん?」
「ねえ、隣のおじさんが何て言ってたか知ってる?」
「いや?」
「……怒らないでね?」
「何だよ。言ってみろ」
「……ママのことなんだけど」
俺は思わず奥歯を噛みしめた。
「……」
「隣のおじさん、ママがいなくなる前の2027年に、何か月か会ってたでしょ?だから顔もよく覚えてるんだって」
「……それで?」
「街でママを見かけたって言うの」
「……」
「最初に見たのは数週間前。そのときは見間違いだと思って、何も言わなかったらしいんだけど……」
「先週、また見かけたんだって」
「しかも……」
「……普通だったって。まるで何事もなかったみたいに」
「そんなわけあるか!!」
思わず声を荒らげた。
「絶対に人違いだ!!お前だって分かってるだろ!?」
「私もそう思ったよ。でも、あのおじさん、冗談を言うような人じゃないでしょ?」
「もし……もしママが本当に街にいて、元気だったら?」
「……」
「この話、何回したと思ってるんだ!?」
「ありえないんだよ!」
「ママが『大熱病』にやられてから、もう5年だぞ!」
「お前だって見ただろ!?」
「あのときのことが全部俺たちの勘違いで、今もどこかで普通に暮らしてるとでも思うのか!?」
「でも……」
「でもじゃない!!いつかは現実を受け入れなきゃいけないんだ!」
「……」
「俺だって、今でもつらいよ」
「でも、もういないんだ」
「俺たちが知っていた妻も、お前たちが知っていたママも……もういない」
「おじさんが見たのは、きっと……あの病気にやられた後のママなんだよ」
「でも……」
「……」
「……もし、本当だったら?」
「ママが助けを待ってたらどうするの?」
「私たちに会いたくても、帰ってこられないだけかもしれないじゃん……」
「そんなママを、放っておくの?」
「危ないよ……。放っておけないよ……」
「ストーーーップ!!」
「今、自分で言っただろ!?危ないんだよ!!」
「俺に街まで探しに行けっていうのか!?」
「二度と帰ってこられないかもしれないんだぞ!?」
「隣のおじさんが見たかもしれないって、それだけで!?」
「それでも行けっていうのか!?」
2人の娘は目に涙を浮かべたまま、何も答えられなかった。
「……」
絶対に行くもんか。
そう決めていた。
だけど……。
娘たちは、もう何年も母親のいない生活を送ってきた。
とっくに受け入れたものだと思っていたのに……。
ここで、ママに会えるかもしれないという希望まで、俺が完全に潰してしまっていいのか?
いや……そのほうがいいのかもしれない。
それとも……。
そうだ!!
数日間、どこかで時間を潰してから帰ってくればいいんじゃないか!?
「一生懸命探したけど、見つからなかったよ」って言えば……。
おおおお!!
それ、いい考えじゃん!!😎
「……」
でも……。
もし、本当にほんの少しでも希望が残っていたら?
妻がまだどこかで無事に生きていて、何らかの理由で俺たちに連絡できずにいたとしたら?
あの隣のオッサンが、まさかの大正解だったとしたら……?
そんなわずかな可能性のために、命懸けで街まで妻を探しに行くほど、俺はバカなのか!?
帰ってこられる保証もないのに!?
……ああ。
そういうバカなんだよな、俺は。
正気の沙汰じゃねえよ……。
やれやれ……しまった。
また娘たちにやられちまった!!😭
翌日。
「パパ、本当に気をつけてね!」
「それから、一番大事なこと!」
「奴らは日が暮れると出てくるから!」
「しかも、群れで行動するの!」
「もし群れを見つけたら……」
「絶対に逃げて!!」
「……」
「大丈夫だって!」
「数日で帰ってくるよ。長くても一週間くらいかな」
「2人で仲良く、気をつけて過ごすんだぞ」
「愛してるよ!!」
荷物をまとめ、娘たちに別れを告げた。
そして俺は、振り返ることなく街へ向かって歩き出した。

クソ、クソ、クソッ!!
なんで「いいよ」なんて言っちまったんだよ……。
俺のバカ……。
マジで行きたくねぇぇぇ!!
……
今頃、家でぬくぬくしながら、カボチャパイでも食ってたはずなのに……。
……アホじゃん、俺!!😭
そして、街に到着した。
「……ん!?」
何だこれ……。
全然分かんねえ。
だって……。
普通じゃん!!
静かな街。
バスは走ってるし、人も歩いてる。
店も開いてる。
公園では子どもたちが遊んでいる。
聞いていた話と全然違うぞ……?
いや、待てよ。
確か、危険な地域と比較的安全な地域があるって聞いたことがある。
油断は禁物だ。
慎重に進もう。
俺は周囲を警戒しながら街を歩き続けた。
やがて、日が暮れ始める。
街は少しずつ静まり返っていった。
……って、まだこんな時間だぞ!?
早すぎねえか!?
そのときだった。
「ぎゃあああああ!!」
突然、どこからか叫び声が響いた。
そして、耳をつんざくような声が――。
「ぜひフォローしてくださいぃぃ!!」
「フォローしてねぇぇ!!」
「フォロー……」
「フォロー……」
「フォロォォォ……」
「……」
……やっぱり、何かがおかしい。
「メンシ~~~~ップ……」
……落ち着け。
いつかは遭遇すると思ってたんだ。
隣のおじさんが妻を見かけたのは、西側の地区だったはず。
ここで間違いない。
でも、今のところ手がかりは……。
「……え?」
そのとき、近くの路地に奇妙な人影が見えた。
足を引きずるように歩く女。
スマホの画面に釘付けになり、ものすごい勢いで文字を打ち込みながら、何かをブツブツとつぶやいている。

「…………は?」
あの後ろ姿……。
あの髪型……。
まさか……!?
「お、おい!!」
「ちょっと、そこの人!!」
女の動きが止まった。
だが、振り返らない。
「頼む!ちょっとだけ話を聞いてくれないか!?」
すると突然、女は何かに怯えたように走り出した。
「おい、待て!!」

俺は夢中で追いかけた。
距離が縮まっていく。
もう少しだ……!
あと少しで追いつく!!
女が右へ曲がった。
俺も何も考えず、その角を曲がった。
そして――。

「…………」
思わず足が止まった。
目の前には、何十人もの人間がいた。
全員がスマホに取り憑かれたように画面を見つめている。
無表情。
虚ろな目。
幸い、まだ俺には気づいていないようだ。
……何をブツブツ言ってるんだ?
すげえざわついてるぞ……。
「スキ、コメント、フォロー……」
「スキ、コメント、フォロー……」
「スキ、コメント、フォロー……」
そのうちの1人が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「ねえ、ヒゲ……」
「俺のメンシプに参加しないか……?」
ゾッとした。
さっきの女は、もうどこにも見当たらない。
そして俺の目の前には、スマホを握りしめたクリエイターたちの群れ。
そう。
かつて、noteで活動していたクリエイターたちだ。
あの大熱病が広がるまでは……。
「クソッ!!」
「おい……俺の記事、買ってくれよぉ……」
「俺の記事も買ってぇぇ……」
俺は後ずさりした。
すると、奴らが一斉にこちらへ向かってきた。
「うわあああ!!」
逃げろ!!
振り返るな!!
大丈夫だ!
俺のほうが足は速い!!
じゃあな、バーカ!!🤣
大丈夫。
走れ。
確か、大通りは……右だ!!
それから左!!
そして……。
「……」
「……」
……俺、バカじゃん。
行き止まり。
奴らが迫ってくる。
もう逃げ道はない。
「スキ、コメント、フォロー……」
「スキ、コメント、フォロー……」
囲まれる……。
「……娘たち、ごめん」
「パパなりに……頑張ったんだけどな……」

その瞬間だった。
ガタンッ!!
すぐ横の鉄の扉が突然開いた。
「おい!!こっちだ!!」
誰かの腕が伸びてきた。
俺の体をつかみ、建物の中へ一気に引きずり込む。
バタン!!
扉が閉まった。
「……はぁ……はぁ……」
俺は床に倒れ込んだ。
助かった……。
だが、目の前には見知らぬ男が立っていた。
……誰だ、こいつ!?

「……あんた、誰だ?」
「何が目的なんだ?」
「助けてくれたのは感謝するけど……もう帰らせてもらえないか?」
「……」
男は数秒間、俺をじっと見つめた。
「あー、ちょっと待て待て!!」
「質問多すぎだろ!頭がクラクラするぜ!!」
「あんた、この街は初めてだろ?」
「まあまあ、とりあえずウイスキーでも飲みながら話そうぜ!」
「……」
俺はその場から動かなかった。
「……来い!!」
俺たちは、何本ものウイスキーが並んだテーブルを挟んで座った。
「で、何飲む?」
「……」
「遠慮すんなって!」
「そうだな……まずは間違いない一本を出してやるよ」
「誰もが知ってる、安定のうまさ!」
「フェイマスグラウスだ!!✨」
「……」
「……何だよ、その顔」
「いや……ほかに、もうちょっとちゃんとしたウイスキーないの?」
「…………は?」
「お前、ふざけてんのか!?」
「フェイマスグラウスだぞ!?英国王室にもゆかりのある、由緒正しいウイスキーなんだぞ!!」
「……それ、味の保証になるの?」
「はあああ!?」
「お前、どこの田舎から来たか知らねえけど、いきなり俺にウイスキーの説教かよ!!」

「いやいや、おもてなしって大事じゃん?」
「俺はお前の命を助けたんだぞ!?」
「家に招いて、俺のお気に入りのウイスキーまで出してやろうってのに、その態度は何だ!?」
「お気に入りの一本!?」
「いやいや、絶対もっといいやつ隠してるでしょ!?」
「……」
「ふざけんな!!」
「……」
俺は、とびきり甘えた目で男を見つめた。
「……🥺」
「……」
「……もう〜〜!!」
「分かったよ!!」
「ダルウィニー15年を出してやる!!これで文句ねえだろ!?」
「よっしゃーーー!!😆」
「……で、話せよ」
「白衣のウイスキーおじさん、あんた何者なんだ?」
「おい!!俺から自己紹介しろってか!?」
「お前、どこまで図々しいんだよ!!」
「……ん。そうだね〜」
俺は、自分がこれまで何をしてきたのか、男に話し始めた。
――10分後。
「…………は?」
「はぁ!?お前、noteが怖くて6年間も山に引きこもってたの!?」
「6年間、サツマイモとカボチャばっか食ってたって!?」

「マジかよ!!🤣」
「お前さぁ……ここ、ウォーキング・デッドの世界じゃねえんだぞ!!」
「……」
「……笑いたきゃ笑えよ」
「確かに俺は大げさかもしれない」
「何でも深刻に考えすぎるし、やりすぎるところもある」
「でもな……俺は、あの頃の妻をずっとそばで見てたんだ」
「最初は、ただ書くことが好きだったんだよ」
「noteで人と交流して、新しい出会いがあって……」
「でも、いつの間にか、家族よりnoteを優先するようになった」
「夜中でも通知が来れば飛び起きる」
「真っ暗な部屋で、何時間もスマホの画面を見つめていた」
「記事が書けない、コメントに返信できない……たったそれだけのことで、パニックになったり、取り乱したりするようになった」
「ほんの数週間で、俺は家の中で知らない女と暮らしてるような気分になった」
「朝は黙って仕事へ行き、帰ってくれば荷物を放り出して、また部屋にこもる」
「翌朝まで、ずっと……」
「noteだよ!!」
「表情がなくなっていくのを見た」
「目から光が消えていくのを見た」
「笑顔が消えたんだ」
「まだ小さかった娘の前でさえ……」
「俺には、病気にしか見えなかった」
「……」
「妻は病気だったんだよ!!」
「それなのに、あんたは俺を笑うのか!?」
「……」
「……もう終わりか?」
「……」
「そんなこと、とっくに分かってるよ」
「俺だって、この世界で生きてるんだ」
「しかも、俺自身もその大熱病にやられてる」

「…………は?」
「それに、お前の話を聞いてたら……」
「まさか、こんな危険な街まで花でも摘みに来たわけじゃねえだろ?」
「……」
男は、別のボトルを取り出した。
「……じゃあ、ここからは本気の話だ」
「ラフロイグ・ロアでも飲みながらな」
「話そうぜ」
「まずな……お前は、この6年間のことを少し勘違いしてると思うぜ」
「はぁ!?外の奴らの声、聞いただろ!?あれが普通に見えるのか!?」
「誰が普通だなんて言ったよ?」
「奴らは確かに大熱病に感染してる」
「noteに完全に支配されちまったんだ」
「どういうことだよ?」
「アルゴリズムが関係してるらしいが……詳しいことは分からねえ」
「少しずつ、少しずつ、飲み込まれていったんだよ」
「……」
「お前が言ったとおりだ」
「頭の中はnoteのことでいっぱい」
「家族も、友達も、どうでもよくなる」
「自分がおかしくなってることにすら気づかない」
「スキ、コメント、フォロー……」
「とにかく誰かに反応してほしい。それだけを求めて、延々とさまよってるんだ」
「……」
「しかも、あいつらは四六時中スマホのブルーライトを浴びすぎて、日光が苦手になっちまった」
「……嘘だろ?」
「俺が嘘ついてるように見えるか?」
「だから昼間は必要なときしか出歩かねえ」
「夜になると街をうろついて、少しでも多くの人間と接触しようとするわけだ」
「……」
「まあ、安心しろ」
「別に脳みそを食われるわけじゃねえからな」
「……」
「でも……あんたも感染したって言ったよな?」
「なのに、どうして普通に話せるんだ?」
「……」
「俺たちは『奇行種』って呼ばれてる」
「……奇行種!?」
「そう。俺たちみたいに、まだまともな奴らのことだよ」
「……」
「結構いるんだぜ、俺たちみたいなの」
「何で違いが出るのか、誰にも分からねえけどな」
「俺たちもnoteに取り憑かれてることには変わりない」
「でも、自分がどういう状態なのかは分かってるし、ほぼ普通の生活も送れる」
「……」
「ただな……」
「noteをやめることだけは、どうしてもできねえんだ」
「頭では分かってても、体が拒否する」
「たとえ命がかかってても……やめられる気がしねえ」
「……」
「それより、お前だよ」
「そんなに危険な街に、いったい何しに来たんだ?」
「……妻を探しに来た」
「何年も前に大熱病にやられて、いなくなったんだ」
「でも、娘たちと約束したんだよ」
「必ず探してみるって」
「……」
「本気で見つけられると思ってるのか?」
「今も外をさまよってるかもしれねえんだぞ?」
「……」
「娘たちとの約束だからな」
「せめて、できることはやってみたいんだよ」
「……なるほどな」
「で、その方法ってのが、街を適当に歩き回ることか?」
「……ほかにいい方法でもあるのかよ?」
「……一つだけある」
「ただし、相当危険だぞ」
「お前自身がアルゴリズムにさらされることになる」
「数か月後には、お前も外の群れに混じってるかもしれねえ」
「……」
「……嘘でしょ!?」
「……ああ」
「お前、もう一度noteに戻るしかねえな」
「……」
「奥さんのこと、よく知ってるんだろ? だったら、noteで何か手がかりが見つかるかもしれねえ」
「……手がかり?」
「それに、ちょうどいい機会があるぜ。クリエイターが大勢集まって、交流も盛んになるイベントがな」
JAUはスマホを取り出し、画面を何度かタップした。
そして、サンデコネの目の前に置いた。
「……これだ」
