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価格は数字ではない。意思である。

    価格は、数字に見えます。原価があり、利益率があり、競合価格があり、小売の掛け率や、市場の相場がある。だから多くの場合、価格は計算の結果のように扱われています。

    もちろん、そうした数字は重要です。コストを無視して価格は決められないし、競合を無視することもできない。利益率も、事業を続ける上では当然見なければならない。

    でも、それだけでは、価格は決まらないんです。

    価格には、自分たちの意思が出ます。自分たちは何者なのか、何を守るのか、どんな価値として見られたいのか、何を売って、何を売らないのか。そうした判断のすべてが、最後に価格という形になって表に出てくる。

    価格は数字ではない。意思である。

    Levi's Japan にいた頃、僕はこのことを、当時の現場で強く感じていました。

    当時、日本の事業は大きく落ちていました。ピーク時に約360億円あった売上が、僕が入った頃には約180億円まで下がっていた。社内には、当然焦りがありました。営業は数字を作らなければならない。小売との関係もある。在庫も動かさなければならない。

    そしてもうひとつ、別の問題がありました。当時のAsia Pacificの戦略が、日本を中国やインドと同じロジックで扱おうとしていたことです。中国やインドは、店舗を増やし、売り場を広げれば売上が伸びる成長市場でした。でも、日本はそうではなかった。

    日本における Levi's は、ただの海外ジーンズブランドではありません。長い歴史があり、消費者の中に深い記憶があり、ヴィンテージや501に対する独特の理解があった。アメリカへの憧れの象徴という過去まで含めて、カルチャーとしての深さを持つブランドだった。成熟市場と成長市場を、同じ目線で動かそうとすることには、土台から無理がありました。

    そのとき僕が必要だと考えていたのは、単に売上を戻すことではありませんでした。一度、事業を筋肉質にすること。売上を下げてでも、ブランドと利益の構造を整えること。

    ただ、組織のなかで「下がる」という言葉を戦略として語るのは、簡単ではありません。多くの会社で、売上が下がることは失敗としてしか扱われない。ブランドを立て直すために一度下げることが必要だ、という発想自体が、組織にはなかなか入っていかないのです。

    下がることを、戦略的に話せる人がいなかった。最終的に上げるために、一度下げる。この考え方を経営として持てるかどうか。そこが大きな分かれ目だったと、今振り返っても感じます。

    その後、斉藤さんが社長として入り、この方向を経営として強く引っ張りました。僕はその前から同じ問題意識を持っていたので、斉藤さんともすぐに考えが合った。経営として斉藤さんが方向を打ち出し、僕はマーケティングとPR側で、その意味づけと実行を担う。そういう関係性のなかで、ようやくブランドの再構築が動き始めたんです。

    当時、営業主導でディスカウントしてでもセルインする、という構造がありました。それを変えなければならなかった。

    ちょうど同じ頃、Uniqloが日本製のデニム生地(カイハラ)でつくった赤耳デニムを4,900円で売り始めていました。営業の発想は、その価格帯で真っ向勝負することでした。僕は、それは絶対にやめた方がいいと主張した。同じ土俵に立った時点で、もう負けは見えている。Levi's が立つべき場所は、別のところにあるはずだった。

    そのなかで出てきた大きな判断のひとつが、501の価格でした。

    501を1万円で売る。今となっては当たり前に聞こえる金額かもしれません。でも、当時の市場の温度のなかでは、それは大きな決断でした。その価格で買ってもらえないなら、売らなくていい。それくらいの覚悟がいる判断だった。これは値付けの話ではなかった、ということです。

    501 はすべてのデニムの始まりである。

    その意味を、もう一度市場に立ち上げ直すための判断でした。もちろん簡単な話ではない。売上が落ちる可能性もあるし、小売が受け入れない可能性もある。社内から反発が出る可能性だってある。でも、ここで価格を守らなければ、501の意味そのものが守れなくなる。

    安く売ろうと思えば、いつでも安く売れる。でも、それを続ければ、501はやがてただの安いジーンズになる。本来、501はそういう商品ではなくて、すべてのデニムの始まりであり、Levi's というブランドの中心にある製品であり、アイデンティティーそのもの。だからこそ、その意味を守るために、価格を守らないといけなかった。

    もうひとつ、当時強く意識していたことがあります。

    当時の Levi's は、卸が大半でした。だから501の価格を守るということは、Levi's だけの話では終わらない。Levi's を扱ってくれていた卸店舗やパートナーを支えることでもあったんです。Uniqlo に代表される Fast Fashion が台頭していくなかで、彼らが同じ価格帯で勝負することから抜け出せるかどうか。定価で売れる商品をブランドとして設計することは、卸先にとっての選択肢を作る仕事でもあったはずだった。

    結果としては、ほとんどの卸先がその道を歩めなかったように、今振り返っても感じます。それでも、そこまで含めて、価格を守ることに意味があった。

    価格を守るとは、数字を守ることではなく、意味を守ることでした。

    だからマーケティングとPRの側では、501がすべてのデニムの始まりであるという事実を、徹底的に打ち出していった。メディアや周囲の方々には、本当に支えてもらいました。賛同してくれた人たちがいたから、あの動きが起きたのだと、今でも思っています。

    価格だけを守るのではなく、その価格で選ばれる理由を、もう一度作り直す必要があった。売り場での見え方を変え、PRやコミュニケーションで文脈を作り、社内の意識を変え、営業にも、なぜその価格を守るのかを、ひとつずつ理解してもらう。時間はかかりました。でも少しずつ変わっていった。

    最初は半信半疑だった営業も、消費者の反応と売り場の変化を見ながら、自分たちの言葉で「こうやってやるんだ」と理解し始めた。そこから、負のスパイラルではなく、プラスのスパイラルが生まれていったのだと思います。

    価格は、最後に決める数字ではない。価格は、そのブランドが何を守るのかを表すものです。

    もちろん、現実は簡単ではありません。数字も、売上も、利益も、小売との関係も、すべて必要です。でも、それらに押されて、自分たちの意味の方を手放してしまえば、ブランドは少しずつ弱くなっていく。

    価格を守るというのは、ただ高く売るということではないんです。自分たちが何者なのかを決めることであり、何を守るのかを決めることであり、どこで売り、どこでは売らないのかを決めること、誰に選ばれたいのかを決めること。それが全部、価格に表れてくる。

    そして、その意思は、経営から組織全体まで浸透していなければ意味がない。マーケティングがどれだけブランドの価値を語っても、営業の現場で値引きが続けば、価格は崩れる。逆に、営業がどれだけ価格を守ろうとしても、ブランドの意味を作る側が止まっていれば、価格は支えきれない。

    経営、マーケティング、営業、小売、PR、商品。それぞれがばらばらの目線で同じ価格を扱えば、その価格は必ず削られていきます。すべてが同じ方向を向いて初めて、価格は意思として成立する。それが、Levi's での経験を通して、僕が学んだことでした。


    ここまで、Season 1 の前半では、価格の話を書いてきました。値下げが何から起きるのか。安いブランドと、安くなったブランドの違い。そして、価格を意思として設計するということ。どれも、ひとつのブランドの内側の話でした。

    今後は、もう少し上位概念として、日本企業は、世界の市場で、なぜ価格を取りに行けないのか?について考えていきたいと思います。

    ただ、この問いに入る前に、ひとつだけ、もう少し手前の話をしておきたい。そもそも、僕たち日本人は世界を見ているのだろうか?ということです。次回は、そこから書こうと思います。

     
     
    Kitchen & Company|Founder & Managing Director 東京とロンドン拠点。Levi's グローバル本社を経て、2013年Kitchen & Company設立。日本企業がグローバル市場で価値として選ばれるブランド構造を設計。

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