
【映画感想文】『藁にもすがる獣たち』を考察、感想。
離れていた時間と時間が、シーンとシーンが、場面が、無関係に思えたキャラクター達が
収束して、まさに一つの藁となっていく場面にグッと胸を掴まれた。
正直言って、半分まで観た時にハズレを引いたかと思った。
「つまんなかった〜!」って笑って帰ろうと思った。
でも後半で、物語が冒頭に繋がった時、心と脳が痺れた。
こういう映画って、何度か経験しているけれど、いつも慣れず、出会えた時には好きになっている。
今回もそんな映画だった。
感想①ストーリーがバチコンッと冒頭にハマるのが良かった
前述した通りだが、超よかったな。ワクワクした。
バラバラの時間軸が束になる感じの映画は久しぶりに観た。
どうにも辻褄が合わない部分が、急に合って行くのは観ていて爽快で気持ちが良かった。
それまで1億が2つあると思っていたから、1億のカバンが一つに重なった時、思わず「おおっ」って声が漏れそうになった。
感想②定期的に森七菜はヴィランをやるべき
悪党やっている時の森七菜が超ハマっていて良いです。
年一で観たい。ヴィランな森七菜。
怒鳴りつける演技と、他人を欺く演技、サイコなキャラクターが見事にハマり役だった。
殺し屋の森七菜とかも観たいな。阪本祐吾監督やってくれないかな。
考察:ばあちゃんはカモと繋がってた?
①ばあちゃんは認知症じゃなかった
ばあちゃんが認知症じゃなかったオチはラストシーンで何となく想像ついた。
でも、じゃあ認知症の演技はいつから?と思った。
主人公がネカフェに1億円の鞄を隠して家に帰ってきた時、主人公が「ばあちゃんがボケちゃいました」と動画を撮ったという事は、
そこから急にボケたのか?と思うと不自然すぎるなと思う。
そして、ばあちゃんが仮に認知症じゃなかった場合、不自然な点は他にもある。
②まずお金は何に使っていた?
家の中を見る感じ、そこまで大それたものを買っている感じでもなかった。
ボケたといっても、買ってきていたのは油とミニカー。
そして、次の不自然な点は
③何故ばあちゃんは異常に家を燃やしたがっていた?
ボケていなかったとすると、ワザとになる訳で、という事はおばあちゃんは何らかの理由で家を燃やす必要があったというのがとても自然な流れではある。
家に何かの事件の証拠になるものがあったのではないだろうか。
ここで事件と言えば、カモの25億円の不正事件しか思い浮かばないが、ずっと気になっていた点一つだけある。
④残りの24億円は何処に?
残りの24億円は使ってしまって1億円だけはカモが持ち出すことができた?だとしたら、何故劇中にそんなセリフがなかったのだろうか。
そして、江波戸と約束しておいて現れなかったカモは一体何処で、何をしていたのだろうか。
ここからは描かれていないので、劇中にあったものをピースにして無理矢理、こじつけて考察していくしかない。
無理矢理考察
寛治の両親は未登場。ばあちゃんとじいちゃんにずっと育てられたと言っていた。
素性が割れていない、そして劇中でずっと背景が謎だった人物は誰だろうか。
事の発端であるカモである。
彼は地元が寛治たちの住む街と言っていた。見た目判断にはなるが年齢的にもカモは寛治の父親である説が出てくる。
その詐欺まがい行為をしていた証拠、もしくは24億円が家の中に隠れていて、
だからカモのニュースを知ったばあちゃんは、ボケたフリをして家をずっと燃やしたがっていたのではないだろうか。
口座にお金がなかったのはカモに逃げるお金を渡したから。
カモは、ばあちゃんに会っていたのではないだろうか。
カモが死んだことを知ったショックでボケたというのなら辻褄が合うけれど、
そしたら家に入ってきた男の人を、じいちゃんと間違えるんじゃなくて、息子と間違えないか?とは思う。
もう一つ、ばあちゃん自身がし〜なアリス(森七菜)以上のサイコでキラーだったという説。
これはややぶっ飛んだ考察かと思うけれど、明かされていない部分を繋げると否定もできないのが、この映画の怖いところである。