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過激な淑女➁|アマノ文筆クラブ

    若いころ、私の夢は、淑女になることだった。

    華やかな社交界にも、憧れた。
    それが無理だと分かると、せめて、おしとやかになろうと考えた。

    人前では、声を落とし、言葉を選び、出しゃばらず、角を立てず。
    言いたいことの、半分も、言わずに生きてきた。
    「女は、慎ましく」——そう育てられた世代だ。

    五年前、自分が七十歳になった年、夫が他界した。
    そうしたら——なんだか、どうでもよくなった。

    まず、髪を紫に染めた。

    馴染みの美容師さんが、遠慮がちに言った。
    「ほんとに、いいんですか」
    「いいのよ」
    一度、やってみたかったのだ。ずっと。

    普段から、言いたいことも、言うようにした。

    スーパーで、横入りしてきた若い男に、「並んでますよ」と、はっきり言った。
    昔の私なら、黙って、譲っていただろう。

    町内会で、おかしいと思ったことに、おかしいと言った。
    「前例がない」と言われたら、「じゃあ、私が前例になります」と言った。

    娘が、あきれる。「お母さん、最近、過激よ」
    過激。いい言葉だ。

    若い頃、誰かにそう言われたら、青くなって、謝っていただろう。
    今は、ほめ言葉に聞こえる。

    先週、孫娘が、相談に来た。
    会社を、辞めたいという。でも、周りに、申し訳なくて、言い出せない、と。

    私は、言った。
    「あなたの人生でしょう。誰に、遠慮するの」

    孫娘が、目を丸くした。
    「おばあちゃん、そんなこと言う人だっけ」
    「最近、そうなったのよ」

    私は、笑った。
    慎ましく生きた五十年より、この五年の方が、ずっと、私らしい。

    淑女は、卒業したのだ。

    我慢するには——人生は、あまりに、短い。
    そのことに気づくのに、七十年も、かかってしまった。

    だから、孫には、もう一度、言っておこう。

    気づくのは、早い方がいい。

    紫の髪を、撫でて、私は、もう一杯、日本酒を、注いだ。





    甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。

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