
来ぬ人|シロクマ文芸部
「待つ時間」。どんなに気の短い人でも、あるいは王様でも、待たねばならない時がある。たとえ、それが来ることが約束されていても。
心待ちに待つものが、ある一方で、避けられないものを待つ場合もある。人生とは、まさに、それだ。
そして、待った結果が、何ももたらしてくれないことも。
百人一首に、ある。
来ぬ人を、まつほの浦の、夕なぎに——。
藤原定家の歌だ。来ない人を待つ。松帆の浦で。夕凪の中、藻塩を焼きながら。
藻塩というのは、海藻を焼いて採る塩のことだ。
焼くと、煙が立つ。その煙が、こがれる。
塩を作るために、焦げる、海藻。
そして——来ない人を思って、身を焦がす、私。
「こがれる」の、二つの意味が、一首に、畳まれている。
海藻は、焼けば塩が取れる。
しかし、焦がれる私が、どうなるかはわからない。
待つ時間は、千年前も今も、変わらない。
小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します。
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