
過激な淑女③|アマノ文筆クラブ
母は、小中学校のPTAで「過激な淑女」と呼ばれていたらしい。
物腰は、どこまでも、やわらかい。
言葉遣いも、丁寧で、いつも、微笑んでいる。
だが、歯に衣着せぬ物言いをしていたようだ。
授業参観のあと、担任の若い先生に、母は、にっこり笑って言った。
「先生。先ほどの授業、教科書を読んでいらしただけですよね。あれなら、子どもたちは、家で読めますわ」
先生の顔が、こわばった。
「来週も、楽しみにしております」
母は、深々とお辞儀をして、帰ってきた。
運動会の組体操。危険ではないか、と保護者の間で意見が交わされた。
母は、笑顔で学校に言ったらしい。
「どこかのお子さんがお怪我をなさったら、先生が責任を取れますの?」
給食費の会計が不明朗だとの噂が立った時、母は申し出た。
「私、お手伝いしましょうか? 簿記が少々できますので」
誰も、母に言い返すことはなかったという。
声を荒げないから。笑っているから。正論だから。
上品なだけに、皆、対応に窮したようだ。
校長を含め、先生を三人泣かせた、という伝説もある。
そんな母が、少し、恥ずかしかった。
私は、もっと普通の、おとなしいお母さんが、よかった。
みんなと同じ。
中学生の時、母に言ったことがある。
「お母さん、せめて外では静かにしててよ」
「あなたに、間違ったことをされたとき。私が黙っていても良いの?」
それ以上、私は何も言えなかった。
やがて自分が、中学生の娘の、母親になった。
学校の集まりで、納得しがたいことがあった。
気づいたら、私は立ち上がっていた。
にっこり笑って、先生に言った。
「先生。それは、少し、おかしいと思いますわ」
——それは、母の、声だった。
言葉遣いも、微笑み方も、間の取り方も。全部、母だった。
やめて欲しいと思っていた、あの淑女。
そんな自分が少しも、恥ずかしくは、なかった。
(家に帰ったら、きっと娘に怒られるだろうな)
甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。
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