
三回だけ|ちゃんと文芸部
この国では、誰もが一生に三回だけ、あの言葉を使うことができる。
四回目は、どうしても声にならない。だから、みんな大切に使う。
僕の最初は二十六の春だった。
公園のベンチで、小さな箱を開けて、言った。
「アイシテル」
彼女は泣きながら、何度もうなずいた。
二回目は、それから三年後。
ベッドの妻のそばで、生まれたばかりの娘を腕に抱いて、二人の耳に、そっとささやいた。
「アイシテル」
妻は笑っていた。
その妻はというと、新婚の一年で、とっくに使い切っている。
誕生日に一度。初めてのけんかの仲直りに一度。残りは、何でもない火曜日の夕飯どきだった。
「どうして、あの日だったの」
「肉じゃがが、うまくできたから」
それから月日が流れた。
僕は、あと一回を使わずに残していた。
金婚式の夜、娘と孫たちが帰ったあと、妻と二人で縁側に座った。
僕の視線に気づいて、彼女が口を開いた。
「ねえ、まさか……」
それから、微笑んで続けた。
「もったいない。取っておきなさいよ」
「取っておいて、どうする」
僕は、五十年しまっておいたものを、口にした。
「アイシテル」
彼女は、黙ってしばらく庭の暗がりを見ていた。
そして、僕の手に自分の手を重ねて、言った。
「知ってる」
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