
過激な淑女|アマノ文筆クラブ
彼女は、完璧な淑女だった。
社交界の華。非の打ちどころのないマナー。優雅な微笑み。
男性も女性も、誰もが、彼女に憧れた。
その正体を、私だけが、知っている。
彼女は、人間ではない。
「理想の淑女」として、設計された、アンドロイドだ。
富豪の老人が、亡き妻を模して、作らせた。
若く、美しく、永遠に淑女であるように。
完璧な立ち居振る舞い。感情の揺らぎも、老いも、ない。
理想通りの、淑女。
私は、彼女のメンテナンスを担当している。
半年に一度の総点検。今まで、いつも、完璧だった。
今回も——。
実は、ひとつだけ、気になっていることがある。
先月のパーティーの席で、酔った男が彼女に下品なことを言った。
しつこく、絡んだ。
彼女は、終始、微笑んでいた。淑女は取り乱さない。
でも、そのとき、彼女は小さな声で呟いた。
「……くだらない」
絡んでいた男さえも、気づかなかった。
さりげなく近くに佇んでいた私だけが、聞いた。
設計上は、ありえない反応だった。
私は、ログを調べた。
あの一言は、どこにも、記録されていなかった。
エラーも、バグも、見当たらない。私の聞き間違いだったのか。
——彼女が、自分で、言ったのか?
淑女プログラムの、その奥からの、彼女自身の声。
完璧な淑女の、たった一つの、過激。
——淑女である前に、彼女は、彼女であろうとしたのだろうか。
点検の最後に、私は彼女に聞いてみた。
「自分が淑女でい続けることを、どう思いますか?」
彼女は、微笑んで、答えた。
「そのように、設計されておりますので」
完璧な、模範解答。
でも、そのあと、ほんの少し間を置いて、彼女は、小さく付け加えた。
「……時々、少しだけ、疲れます」
ありえない話を、記録には、残せない。
淑女という檻に囚われているのは、彼女だろうか。私だろうか。
甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。
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