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時間をかける少女|アマノ文筆クラブ

    「あと、五分待って」

    ——ほら、また。
    付き合って三年。「あと五分」が、五分で済んだことは一度もない。

    今日も、映画の時間が迫っている。

    「ねぇ、間に合わないよ」
    「わかってる。あと、五分」

    僕は、ソファに座り直す。

    洗面所からドライヤーの音。クローゼットを開ける音。
    「あれ、どこいったっけ」という独り言。

    彼女は、支度に時間をかける。
    付き合い始めた頃は、そのことにイライラした。

    でも、最近は思う。

    ——時間をかける少女なんだな。いくつになっても。

        *

    映画が始まって、十五分。暗い映画館に、そっと、滑り込む。

    「ごめんね」と、彼女が小声で言う。
    僕は、黙って頷く。

    スクリーンの明かりで見る彼女の横顔。
    ——きれいだ。

    彼女が、いろいろなことに時間をかけるのは、何か特別な思いがあってのことではない。この頃、やっと、わかってきた。

    誰かに、きれいだと思われたいから、化粧をするのではない。
    美術展に出品したいから、絵を描くのではない。

    ただ、純粋に好きだから。そうしていつの間にか時間が経っている。

    だから、それでいい。
    僕は、彼女を、待つ。

        *

    映画が終わった。

    「面白かったね」と彼女。
    「最初の、十五分、見てないけどな」
    「え、そうだっけ?」

    帰り道、彼女が言った。
    「次の時には、ちゃんと間に合うようにする」

    僕は笑うしかなかった。

    「次の時」も、あてになるはずもない。

    でも——それで、いい。

    次の時も、その次の時も、彼女の「あと五分」を僕は待つだろう。

    夜の街灯の下で、彼女の横顔を見る。
    きれいだ。

    僕がかけているのは時間じゃない。

    僕のすべてをかけてきた彼女。
    これからも。





    甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。



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