
大事なもの|拝啓文芸部
拝啓 未開封の段ボール様
三度目の引っ越しが決まりました。
またあなたを、新しい部屋へお連れすることになります。
十年になりますね。
最初の引っ越しで、私はあなたに封をして、マジックで「大事なもの」と書きました。
それきり、開けていません。
正直に申し上げると、中に何が入っているのか、もう覚えていないのです。
手紙の束だったかもしれません。
誰かにもらった、小さな置物かもしれません。
あの頃ずっと着ていた、色のあせたセーター。
あるいは、もう名前も思い出せない人の写真。
あなたを開けない限り、中にはそのどれもが入っています。
捨ててもいいものも、二度と取り戻せないものも。
開けてしまえば、あなたはただの箱に戻るのでしょう。
中身も、ただの物に戻るのでしょう。
それは今でも大事なものでいてくれるでしょうか?
少し怖いので、今回も、開けずにおきます。
ガムテープの角が、少し浮いてきましたね。
新しい部屋では、押し入れの上の段をご用意します。
こうして見ると、十年前の私の字は、今よりずいぶん丁寧です。
「大事なもの」。
少なくとも、あの日の私にとって、あなたの中身はそうでした。
今は、それだけで十分な気がしています。
どうかこれからも、変わらずにいてください。
敬具
追伸
次の引っ越しでも、よろしく。
Mr.Qさんの企画に参加します。