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優しいコメントありがとうございます【note掌編小説】

     画面の向こう側、相手の姿は見えない。
     貌布を剥がさぬ限り、門地、瞳の色、歯の数、性すらも分からぬ。

    ◇

     アパート二階の部屋。
     その窓からは、三十日月、枯れ木と川が望める。
     フローリングの床にある、黒い大きなクッションを背もたれに、若い男はスマートフォンを叩く。

     画面には猫のアイコン、そのアカウント名は『黒バラ姫のスノウ』と書いてあった。

    『今日は何も上手くいかなかった重要書類も無くしたし公募も落ちた死にたい』

     他ユーザーのコメント、スキは、ない。
     若い男は口を突き出した後、指を彷徨わせ、画面をタップし始めた。

    『僕も公募落ちました涙』
    『書類の方は考え方を変えてみましょうよ』
    『無くしたのではなく、なくなってしまったのです。脚でも生えたんじゃないでしょうか笑』

     若い男は小さく鼻を鳴らし、少しだけ強くエンターボタンを押した。
     その直後――足音が聞こえた。

    「シュウジ、デザート食べたら洗い物お願い!」
     茶髪のボブカットの若い女が、キッチンから顔を覗かせた。そのあと、小さなお盆にシュークリームを二つ載せて持ってきてくれた。

    「……んあ? あんがと。あれ、マサキの番じゃなかったっけ?」
     一つ受け取り、頬張る。
     口に広がるまどろっこしい甘さ。
     端から溢れたクリームを皿で受け止めた。

     マサキは、コーヒーを一飲みすると、目を細めて口を尖らせた。

    「……昨日、何でもするからって、私は」
    「あ、はい、分かりました!」
     シュウジは、残りのシュークリームを飲みこんだ。

    「ところでさ、画面見えちゃったけど……note?」
     マサキはコーヒーに口をつけ、シュウジの青カバーのスマートフォンを指差した。

    「あ、あぁ、何となく……人助け兼、集客の種蒔き?」

    「ふーん? 見せて?」
    「あぁ、いいよ」
     スマートフォンをテーブルに置いた時にちょうど、シュポン、と間の抜けた通知音。

     noteで自分のコメントに対する返信。
     文字量は、黒い滝。

    「「うわ……」」
     シュウジとマサキは顔をしかめた。

    『優しいコメントありがとうございます😭あなたのコメントに救われました本当にコメントなんか初めて貰いましたなんてお礼を申し上げたものかと逡巡しましたがここはやっぱり素直な気持ちを伝えることが誠実だと思います今の私の気持ちを率直に伝えたいと思いましたが文面だと私の気持ちをきちんとお伝え出来るか不安ですので直接お会いしてからお礼を申し上げ贈ります明日の二十一時頃に伺いますので何卒よろしくお願いいたします🙇』

     シュウジは「あー無理読めねえ」と、スマートフォンの向きをマサキ側にした。
     
     マサキは「あーもう!」と、ぼやき画面を眺め、小さな悲鳴。

    「……シュウジこれ……ヤバくない? ここ、明日の二十一時に来るって書いてるよ?」
    「へ? あー本当だ」
     シュウジはスマートフォンを受け取ると、口を開けてから、スマートフォンを休止状態にした。

    「でもまぁ、住所分からんし、女だろ? 最悪ぶっ飛ばせば良いからへーきへーき」
     シュウジは吐き捨てると、キッチンで皿洗いを始めた。

    「……ブロックしとこ」
     マサキはnoteの画面から『黒バラ姫のスノウ』をブロック、通報した。

    ◇

     翌日。窓の外は雲一つない新月。
     寝室のデジタル時計は、20:55を示す。
     
    「シュウジ。私は明日、学祭の仕込みがあるからもう寝るねー」
     マサキはパックを剥がし、ゴミ箱に捨て、寝室へ向かって行った。

    「うい、おやすみ」
     シュウジは一瞥すると、コタツに脚を入れ、noteを開き、記事を書いていた。
     タイトルは『【永遠保存版】僕がnoteで月収10万円を得るまでにやったこと三選【超有料級】』

    「あ、もし、昨日のヤバそうな女が来たら……私を起こしてね」
     マサキは寝室から顔だけを覗かせていた。

    「はい、ひょっこりはん。わかったわかった。もう寝ろよー」
     シュウジがそう言うと、マサキは「もう……」と、寝室へ引っ込んで行った。

     デジタル時計は20:59を示している。
     寝室からは「すぴー」と、可愛らしいイビキ。

    「……そっか! あのヤバ女は明日の記事のネタになる……ふふ」

     その時――noteの通知。
     開くと、猫のアイコンで『今から行きます』とだけ書いてあった。

    「え?」

     電気が落ちた。
     
    「コタツに乾燥機とエアコンがダメだったか?」
     シュウジはぼやき、スマートフォンの灯りを頼りに玄関先にあるブレーカーを戻した。

    「コタツだけにするか……へぇ」
     シュウジはぼやきながら居間に戻って、コタツに脚を突っ込んだ。
     何気なく窓の外を見ると――「満月が二つ?」

     シュウジは窓を開けた。

    「ま」
     しわがれた赤子のような、喉を引き裂かれた猫のよう声。

     夜空では、満月は新月に。
     新月はまた満月になった。

     満月は、徐々に大きくなってきた。
     
    「……へ?」

     目の前を黒い茨が覆い尽くした。
     真ん中には、黒くて巨大な女の顔。
     女の口は裂けており、鷲鼻、双眸は満月。

    「まんまんまんまんまんまんまんまんまんまんまん」

    「は、あ、うわあああああああッ!」
     茨は伸び、シュウジの身体に巻き付いた。
     ギ、ギシ、と皮膚を裂き、赤い線。

    「マサキッー!!  んがむっ!」
     叫ぶシュウジ。
     黒茨の先端が盛り上がり、充血した目玉が咲いた。

     大きく開いた口に目玉が突っ込まれた。
    ――痛い! 熱い!

    「おごっ! おもももももッ!」
     黒茨は脈を打ち、シュウジの喉は膨らむ。

    「……あっ! シュウジ!」
     寝癖頭のマサキが転がりながら駆け寄り、シュウジの身体に巻き付く茨を触ると……シュルシュル、と夜空へ仕舞い込まれて行った。

     シュウジはベランダにドタっと落ち、顔を伏せる。

    「シュウジ! 大丈夫ッ!?」
    「……げほ、げほ……大丈夫」

    「……警察とか呼ぼ……信じて貰えないかもだけど」
     マサキは背を向けスマートフォンを操作し始めた。

    「うっ、おえ……ごぼぼぼ」
     吐くシュウジ。

     フローリングに落ちた吐瀉物には、黒い薔薇。
     蠢き、文字を象る。

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    初稿公開日:2026.10.06
    書いた場所:ニイアスの鍛冶場の排水路
    書いた蟹 :報告官アクベンス
    © 2026 報告官アクベンス

     
     
    万人によって白く塗り潰されていく時代に、 私は生を受けた。 時は移ろいゆくもの。 やがては反転し、灰色に収束するのだろう。 私のやることは変わらない。 私が観た世界を、物語を、報告書にする。 小さな共同体を守るために、そうする。 それ以外、道はないのだ。 🌾火木土の21:22更新

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