
【小説】日本海黄越自動車道(E43) 29
諒真くんが、俺たちに授けてくれた言葉のうちの最初にあたる「普請を愛しなさい」は、俺たちに向けた言葉ではない……?
それでは、諒真くんは一体誰へ向けて、この言葉を……。いやそれ以前に、俺たちにわざわざ授ける意図がわからない。それでも、熊倉は何かを確信しているかのように、微笑んだまま表情を崩さない。
「じゃあ、あの『普請を愛しなさい』ってのは、誰に宛てた言葉なんだ?」
「ふふ。賢い永井くんなら、きっとすぐにわかるよ。あの言葉も、ユーモアにあふれた彼自身の正体も。」
「は?だから、教えてくれって。俺、お前が思うより一億倍は馬鹿なんだからさ」
「またまたぁ~」
どうにか教えてもらおうと懇願し続けたが、結局熊倉がそれ以上諒真くんについて話すことは無かった。玄関から廊下にかけては少し薄暗かったが、各部屋から少しづつ漏れ出した暖房の熱が溜まっているからか、外よりは温かかった。
途中まで一緒に階段を上るものだと思っていたが、玄関で待ち構えていた三津島さんが熊倉を捕まえ、あっという間に連れ去ってしまった。
休憩時間が終わり、退屈なデスクについてからも、熊倉が置いていった謎が胸に引っかかってもやもやする。
—―—「賢い永井くんなら、きっとすぐにわかるよ。あの言葉も、ユーモアにあふれた彼自身の正体も。」
意味が分からない。あの「普請を愛しなさい」という言葉が、諒真くんという存在の正体をも解き明かしてしまうような大ヒントだとでもいうのだろうか。ユーモア?総合案内所の所長だという、あの賢い少年に、ユーモアなどあっただろうか。諒真くんは俺と過ごしている間はずっと、ただ真摯に、誠実に、俺と向き合ってくれた。それでいて、「たー子」という偽名で、念願の孫との再会を果たした俺のばあちゃんとの約束や作戦も、そつなくこなしてくれているように思えた。
だけど確かに、諒真くんにはどこか、人ならざる何かの存在を感じさせる節があった。
ばあちゃんは、若い頃にあの世界へ渡った時にも諒真くんに会ったと言っていた。ということは少なくとも、諒真くんは、数十年前のばあちゃんがまだ若い頃に、あの日本海黄越自動車道を渡ってかなた市総合案内所へ行った時には、既にあの場所にいたことになる。それだけじゃない。まるで、何十年、あるいはそれ以上の長い時をあの世界で過ごしているかのような発言を度々口にしていた。
あの呪文のような言葉自体も、どこか現実とはかけ離れている。諒真くんがあの言葉を授けてくれた時の、あの骨に刻まれていくような感覚も、歳をとって何もかもを忘れてしまいそうになってもあの言葉を覚えている人が多いことも、あの言葉を最後まで言えなかった時には、誰しも一律して笑いが止まらなくなるようにプログラミングされていることも……。あの言葉に関わるあらゆる事象が、科学では説明が付かない。
諒真くんは、俺の地元の浜から見える不思議な道が「日本海黄越自動車道」で間違いないと言っていた。
—―—「永井さんも薄々勘づいているとは思うけど、その『遠くからしか見えない道』は、日本海黄越自動車道のことだよ。もう亡くなっている人か、死にかけてる人にしか使えないようになってるから。本当はピンピンしてる人には見えないはずなんだけど。」
—―—「不思議なのは、浜の方ってこと?」
―――「まあ、そうなるね。僕、何か手違いでもしたかなあ……。でも、見えて困るものでもないでしょ?だめかな?」
―――「いや、たぶん、誰も困らない。写真に撮れないのは、残念だけど。」
―――「じゃ。そのままでいっか~」
あの時は、そこまで気にも留めていなかったけど、やっぱり、諒真くんとの会話の中には、諒真くんが常人ではない「何か」であることを裏付けるような発言がこれでもかと言うほど詰まっていた。
此岸と呼ばれる、この世からは、俺の地元の浜からしか、それも遠くからしか視認できないあの不思議な道を創ったのは、もしかしたら諒真くんなのかもしれない。しかも、彼の言葉から察するに、あの道を、この世の人から見えなくしたり、見えるようにしたりと言った仕掛けぐらいなら、すぐに設定を切り替えられるかのような口ぶりだった。
そもそもあの道は、俺が毎日使っている高速道路と何ら変わらないような道だった。しかし、もちろんあの道は、現世の日本にある高速道路会社や国土交通省が関与しているものではないだろう。だとしたら、あの道はおそらく、現代日本の高速道路を限りなく模倣して作られた道なんだ。加速車線や料金所、サービスエリアまで、本物の高速道路そっくりに再現されていた。いわゆる、究極のパクリだったということになる。
諒真くんは少なくとも、ばあちゃんが若い時から、あの場所にいる。何十年も前には、高速道路などあったのだろうか。諒真くんが人ならざる者で、あの道の創造主なのだとしたら、遥か昔から、あの道はその時の日本に合わせて、人々に馴染みのある形で再現されていた……?ただの単調な道だけでよかったものを、どうしてわざわざそんなこと……。
だいたい、あの「日本海黄越自動車道」という、なんともそれっぽい、絶妙な名前は一体なんなんだ。「越」の意味は分かる。越後国、つまり新潟県のことだ。だけど、その隣の「黄」って……?
「……まさか……『黄泉の国』……?」
血の気が、サーッと引いていく。
まさか、というか、自分で言うのもなんだけど、おそらくは間違いないだろう。俺があの道を渡った先で見た光景や、聞いた声や音が、俺の妄想だけで作られた単なる夢ではなかったのだとしたら……。あの日会ったあの「たー子」という少女が、本当に俺のばあちゃんだったのだとしたら……。あの道は本当に、あの世とこの世を繋ぐ道だったということになる。そして、この「黄越自動車道」の意味はまさしく「あの世と新潟県を繋ぐ道」という意味になる……。
たしか、高速道路は、ナンバリングされていて、全ての道に固有の番号が割り当てられている。だけど……。
適当にネットで検索をかけてみたけど、やはり「E43」なんて番号は存在しない。「E42」と「E44」はあるみたいだけど……。
もしかして……。
「E43」って、番号云々の問題ではなく、ただの語呂合わせだったとしたら……。
43……よみ……黄泉……。
吹き出しそうになった。なんてくだらない、なんて馬鹿馬鹿しい……。
だけど、これが、熊倉が言っていた「ユーモア」なのだろうか。
だとしたら、このユーモアが、諒真くんの正体にどう関係しているのだろうか。
諒真くんから滲み出ていた、人間離れした存在の片鱗と、くだらない語呂合わせを織り交ぜた高速道路のパクリ道路を、至極真剣に、彼岸と此岸を繋ぐ一つの装置として創り上げてしまうようなユーモアを、どう組み合わせれば、彼の正体に迫れるのだろうか。
そういえば、諒真くんの名字って何だったっけ。確か、自己紹介の時に一度だけ聞いて……
バンッ!!!
その時、急に大きな音がして、心臓が跳ね上がった。
ビクッと肩を上げ、目をぱちくりさせていると、すごく遠い場所から一瞬で自分のデスクへと急降下してきたような感覚に苛まれた。
「おい!永井!聞いてるのか、永井!!」
目の前にいるのが先輩だと気が付いた時には、どうやら俺は少なくとも何十回も、名前を呼ばれた後だったようだ。
俺が平謝りすると、先輩はあきれ果てた声で言った。
「昨日は早退で、今日は呑気に外食、あげくの果てに幽体離脱とは。いい御身分ですね。時計を見てください?」
ぎょっとした。
気が付けば、三十分も時間を溶かしていた。先輩に角が生えるのも当然だ。
「すみません!俺……」
「まあいいわ。この三十分、サービス残業で埋め合わせてくれさえしてくれれば穏便に済む」
「はい……」
クスクスと笑い声が聞こえる。恥ずかしすぎて、顔が熱くなる。熊倉なら、こんなドジは絶対に踏まないんだろうなあ……。
俺は自分に呆れたのだが、さらにどうしようもないことに、こんなにも恥をかき、先輩にも喝を入れてもらったというのに、あの世界のことを考えずにはいられず、午後は終始、仕事に身が入らなかった。
しかし、不幸中の幸いとも言うべきか、仕事に集中していないおかげで、脅迫症気味だった俺の過度な確認癖は消え去り、仕事自体はスムーズに進んだ。
「まあいっか」「これでいっか」と、完璧主義だった俺は適度な妥協を覚え、ミスってたら誰かが気が付いてくれるだろう、というマインドで仕事を進めていると、自分でも驚くほど、驚異のスピードでタスクをこなすことができた。
先輩は、俺の適当加減に目を丸くしていたけど、俺としては普段背負っている錘から解き放たれたような、とてつもない解放感を得たような爽快な気分だった。
約束のサービス残業三十分を終え、帰路に就く頃には外はすっかり暗くなっていた。最近は、十七時前でも既に暗い。十七時半を過ぎた今は完全なる闇が地上へと降りていた。
耳や首元を通り過ぎる風は、一体どこから来たのか、冬の匂いがした。また、灯油をストーブに補充し続ける日々が始まるのだと思うとちょっとだけ億劫な気分になる。
だけど、寒ければ寒いほど、ほうじ茶は美味い。もうばあちゃんは、あの彼岸の世界にすらもいなくなってしまったけど、誰もいなくても、休日は縁側でほうじ茶を飲んでみよう。そうすれば、幼い俺にはわからなかったばあちゃんの気持ちが、少しはわかるかもしれない。
☆ー☆ー☆
待ちに待った休日。寝坊したい気持ちもあったけど、青木とドライブの予定が入っている。青木が俺の家に来る前に、久しぶりに洗車でもしておこうかな。
外へ出ると、鼻の奥につんと冷たい空気が入ってきた。秋と冬の狭間の、凛とした風、青と白のグラデーションになった、雲一つない高い空。
今日はなんだか、誰かに外へ誘い出されたような、妙な気分だ。
「おにいちゃん!!」
どこかで聞き覚えのある幼い声が、俺の背中に触れた。振り返ると、小学生にも満たない、小さな少年が、温かそうな毛糸の帽子の下でニコニコと微笑みながら駆け寄って来る。その後ろで、少年の両親と思われる男女が慌てて走って来るのが見えた。
俺がしゃがんで少年の到着を待っていると、少年は更に元気に地面を蹴ってスピードを上げ、そのまま力いっぱい俺に抱きついてきた。
ぎゅう、というお互いの上着が擦れる音と、少年の温かい体温を感じる。
「おっとっと。どうしたの?パパとママ、ものすごい慌ててるよ?」
朝のお散歩中かな?っていうか、近所にこんな子いたっけ……?
「おにいちゃん!!おにいちゃん!!」
この子は、どうして俺のことを知って……。でも、この声はどこかで……。
「あっ、もしかして、サービスエリアで会った子か!?」
少年は、ただニコニコと、俺に抱きついている。
そうだ。この子は、日本海黄越自動車道でかなた市に行く途中のサービスエリアで会った、迷子の男の子だ。
よかった……。この子も無事に、現世に帰ってくることができたんだ。
ほどなくして、少年の両親も息を上がらせながら駆け寄って来た。
「もう、すみません。この子ったら、急にここで降りたいって言いだして、車から飛び出して行っちゃったんです。」
母親は俺に深々と頭を下げた。
「はは……」
なんて危険な子なんだ……。あのサービスエリアで迷子になったのも、この子自身の性格が問題だったんじゃないか……?手間のかかる子だ。この危険児め。最悪だな。
少年は顔を上げて一瞬だけ俺を見た後、また力いっぱい抱きついてきた。
「おにいちゃん!だいすきいーーー!!」
「俺も大好きいいいいい!!!!」
なぜか、俺も叫んでいた。
少年の両親曰く、数日前、家族で外出中に事故に見舞われ、三人とも気を失い、救急搬送されたのだという。特に重傷だったのはこの男の子で、医師からは、もう二度と目を覚まさないかもしれないと言われていたほどだったいう。
しかし、両親もこの少年も、今は後遺症の一つもなく、完全復活できたのだという。
少年の父親はまだ二十代だろうか。歳は俺とそんなに変わらないように見える。彼は周りや俺の家をきょろきょろを見渡した後、言った。
「あの、さっき車でここを通り過ぎた時に、この子が急に『あのお兄ちゃんが僕を助けてくれたんだよ』って言って、車を止めてとねだり始めたんですけど、うちの子のことなんて知らないですよね?」
正直、どう返せばいいか分からなかった。話したとして、この人たちは俺の話を信じてくれるのだろうか。
迷った末、俺は話すことにした。
「実は、以前お子さんに会ったことがあるんです。とある高速道路のサービスエリアの駐車場でお子さんが迷子になっていて、俺を頼ってくれたんです。」
そうでしたか、と両親は思いのほかあっさり納得してくれた。
少年の母親は、嬉しそうに俺に抱き着く我が子を見ながら微笑んだ。
「うちの子から、あなたの話を何度も聞きました。今でも、毎日あなたの話をするんですよ。『かっこいいお兄ちゃんが助けてくれた。僕もお兄ちゃんみたいになりたい』って。あなたは、この子のヒーローなんです。」
なんだそれは。聞いたこともない台詞ばかりだ。本当に俺に向けられた台詞なのか。俺はここで、一生分の運を使い果たすというのか……。
すると、今度は父親の方が口を開いた。
「もしかして、その高速道路って、日本海黄越自動車道ですか?」
「えっ……?」
思わず、ピクッと肩が上がった。今のは聞き間違いだろうか?しかし、彼らはにこにこと微笑んだまま、俺を見ている。冗談を言っているようには見えない。
俺が衝撃に言葉を失っていると、再び父親が言った。
「実は、俺たちもあの道を渡ったんですよ。サービスエリアには寄らなかったですけど。もしかして、あなたも『かなた市』へ?」
俺が頷くと、少年の両親は顔を見合わせ、満足そうに頷いた。
一家は今日、少年の強い希望で、俺を探す旅をしていたという。どうせ会えるわけがないと諦め半分だったらしいが、それで少年の気が済むならと、遠路遥々「遠くからしか見えない謎の道」を追って、あの浜を目指してきたらしい。あの道を見れば、それだけで少年も両親も、満足が行くはずだったのだが、思いがけず、当初の目的だった俺を見かけ、歓喜していたというわけだった。
「またパパとママに会えて、本当に良かったね。だけど、もうパパとママを置いて走って行っちゃだめだよ。君はとっても、足が速いみたいだからね」
少年は元気に返事をしてくれて、大好きな両親と共に手を振りながら車へと戻っていった。
車が曲がり角で見えなくなるまで、少年は俺に手を振ってくれたし、俺も全力で手を振り返した。
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いつも読んでくださっている方へ
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
長らく雲隠れしていてすみませんでした……。
最後の投稿から一か月も経っていたなんて、思いもしませんでした。
実は、詳しくは言えないのですが、心が風邪を引いてしまって、療養とまではいかないのですが、いろいろとお休みをいただいていました。(仕事には這いつくばって行ってました)
自分が弱すぎて情けないです……。
こんなに留守にしていたのに、なぜかフォロワーさんたちが増えていたり、めちゃくちゃスキが増えていたりして、なんだか不思議な気分でしたが、とても嬉しかったです。
大好きなクリエイターさんたちの作品に癒され、背中を押されて、また書き始めることができました。
物語も終盤ですが、最後まで書ききれるように頑張ります。
話は変わってしまうんですけど、一年があっという間過ぎて怖いです。去年の秋にこの物語を書き始めて、もう同じ季節になってしまいました笑
私はこの物語の中で生活していたようなものなので、一年中ずっと秋でした笑笑
画像は我が家の柿です。ご近所さんたちの柿はもう食べごろで、美味しそうに熟しているものもあるみたいなんですけど、うちのだけまだ食べれそうにありません。(なんで……笑笑)
突如、物語に全く関係のない画像を上げてすみませんでした。
自分でも謎過ぎるんですけど、優しいあなたにも見てほしくて。
銀二は、物語を読んでくださっている皆様に支えられ、今日も無事に生きております。本当に、感謝しかありません。
これからどんどん寒くなっていくと思いますが、どうか、ご自愛ください🌿.∘
いつもありがとうございます
銀二