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あの倏のプヌル【あの日の遞択】

    倏になるず、思い出すプヌルがある

    照り぀ける日差しに焌けたコンクリヌト
    塩玠の匂い
    氎しぶきの音

    小孊生の頃、倏䌑みになるず毎日のようにプヌルぞ通っおいた


    孊校のプヌル
    公営のプヌル
    泳ぎ終わった垰り道、グレヌプフルヌツ味の固い棒アむスをかじる
    ガリガリず音を立おながら食べるあの味、今思い出しおも倏そのもの

    ずきどき、カニパンも買った


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    高孊幎になるず、泳ぎたい気持ちはたすたす匷くなっお
    自分の孊校だけでは足りなくお、他校のプヌル開攟日にも出かけるようになる

    その䞭に、父に誘われお行くプヌルがあっお

    幎に数回、他校の小孊校で開かれるプヌルの日
    そこは、障害のある人が優先しお利甚できる日だった

    父は、障害者
    だから毎幎のように、そのプヌルぞ行っおいた

    私にずっおは、特別な堎所ずいうより、い぀もの倏のひず぀だった

    ある幎、友達が「䞀緒に行きたい」ず蚀った
    私は深く考えず、「いいよ」ず答えた

    プヌルに着くず、そこにはいろいろな人がいた

    手に障害のある人
    足に障害のある人
    片足がない人
    手がない人
    党身にやけどの跡がある人
    芖芚障害のある人
    聎芚障害のある人
    知的障害のある人もいた

    今の蚀葉でどう衚珟すればいいのか、少し迷うけど
    私の目に映っおいた景色を正盎に曞くなら、そういう人たちが、フツヌにそこにいた

    そしお、フツヌに泳いでいた

    氎の䞭では、䜓の違いが少しだけ軜くなるように芋えた
    誰かが笑い、誰かが氎をかけ、誰かがゆっくり泳ぐ

    知っおいる顔も倚かった
    だから私は、い぀も通りに氎ぞ入ろうずした

    そのずき、友達が蚀った

    「垰る」

    私は驚いお振り向いた

    「なんで」

    友達は、小さな声で蚀った

    「う぀るから」

    䞀瞬、䜕を蚀われたのかわからなかった

    う぀る
    障害が
    う぀る

    そんなふうに考えたこずがなかった

    怖いずか、近づきたくないずか、そういう感芚が私にはなかった
    もちろん、それは私が特別に優しかったからではない

    ただ、父が障害者だったから

    私にずっお、障害のある人がそばにいるこずは、特別なこずではなかった


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    父は片足がい぀も少し぀た先立ちのようになっおいた
    靎は自分で䞊底に改良しおいた
    腰のあたりには、倧きな傷跡があった

    子どもの頃、私は「足を倖しお、くっ぀けたんだ」ず聞いおいた
    正座もできない
    あぐらもかけない
    怅子にも、フツヌの人ず同じようには座れない

    歩けば、いわゆるびっこを匕いおいる
    それでも父は走っおいた

    障害者2玚だったらしい
    「らしい」ず曞くのは、私がそれを知ったのが、父が亡くなる少し前だったから

    父は、自分の障害に぀いお倚くを語らなかった
    だから私も、それを特別なものずしお意識するこずが少なかった

    父は父で他の家の人ず倉わらず
    フツヌの父だず思っおいた


    小さい頃は、父ず銭湯ぞも行った

    い぀もは女湯に入っおいたけれど、男湯に入ったこずもある
    父ず䞀緒に入った男湯で、背䞭に圫りものショッタおじさんが、父の傷跡を芋お蚀った

    「お前の父ちゃんの傷、かっこいいな」

    その蚀葉を、今でも芚えおいる

    父の傷跡は、たしかに匷烈に目立った
    足の長さも違っおいた
    でも、そのおじさんは、気の毒そうには蚀わなかった
    珍しいものを芋るようでもなかった

    ただ、かっこいいな、ず蚀った


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    父の呚りには、障害のある人たちがいた

    それぞれに䞍自由さはあったのだず思う
    でも、よく笑い、よく話し、よく動いおいた
    生掻の䞭で䜿える制床は䞊手に䜿っおいたし、旅行ぞ行くずきにも䜕かの割匕を受けおいたのだず思う

    子どもの私は、それをずるいずも、かわいそうずも思わなかった

    そういうものなのだず思っおいた

    もちろん、今ならわかる
    障害があるこずで、悔しい思いをした人もいる
    傷぀いた人もいる
    諊めなければならなかったこずもある

    本人がその状態を受け入れおいるずは限らない
    前向きな人ばかりでもない
    明るく振る舞っおいるからずいっお、痛みがないわけでもない

    障害がある人を、ひずくくりにはできない

    そしお、障害のない人も、ひずくくりにもできない

    かわいそうだから助けなければ、ず思う人もいる
    怖いから離れたい、ず思う人もいる
    䜕も気にせず隣にいる人もいる
    必芁なずきだけ、さっず手を貞す人もいる

    どれが正しいかなんお、簡単には蚀えない

    けれど、あの日の友達の蚀葉は、子どもの私にずっお、ずおも䞍思議だった

    「う぀るから垰る」

    その䞀蚀で、私は初めお気づいたのかもしれない

    自分にずっおフツヌの景色が、誰かにずっおは怖い景色になるこずがある
    自分が芋慣れおいるものを、誰かは芋たこずがない
    知らないものを前にしたずき、人は思いもよらない蚀葉を口にするこずがある

    あの日、友達は垰るこずを遞んだ

    私は、残るこずを遞んだ

    そのずきの私は、䜕か立掟な刀断をしたわけではない
    正矩感があったわけでもない
    ただ、垰る理由がなかった

    目の前には、泳いでいる人たちがいた
    父がいた
    知っおいる顔がいた
    氎はきれいで、プヌルは空いおいお、私は泳ぎたかった

    だから、残った

    それだけのこず


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    けれど倧人になった今、その小さな遞択をずきどき思い出す

    障害があるか、ないか
    それだけで人を分けるこずはできない

    䜓に䞍自由がある人もいる
    心に䞍自由を抱えおいる人もいる
    家族のこずで身動きが取れない人もいる
    幎霢ずずもに、できないこずが増えおいく人もいる

    人は誰でも、䜕かしらの䞍自由さず䞀緒に生きおいる

    芋える䞍自由もあれば、芋えない䞍自由もある

    それをどう抱えおいくのか
    人にどう芋られながら生きるのか
    誰かの䞍自由さを、自分はどう芋぀めるのか

    きっず、そこに人柄が出る


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    プヌルの季節になるず、あの日のこずを思い出す

    友達の蚀葉
    父の背䞭
    氎の䞭で笑っおいた人たち

    そしお、䜕も蚀わずに泳ぎ続けた、子どもの頃の自分

    あの日の遞択は、たぶん小さなものだった
    けれど、その小さな遞択が、今の私の䞭にただ残っおいる

    倏の暑さず䞀緒に
    塩玠の匂いず䞀緒に
    父の倧きな傷跡ず䞀緒に


    ふら぀き母ちゃん


    今日のサムネ、挿絵、GIFは
    ふら぀き母ちゃん制䜜です
    無料モニタヌ募集されおいたので申し蟌みたした
    蚘事を底䞊げしおくれたす

    母ちゃんさんの蚘事はむラストが秀逞で
    シュヌルでりィットに富んだ文章も魅力です
    noteで独自の䞖界芳を貫いおいたす
    倧奜きで倧ファンです

    ☝こちらの蚘事を読んで、
    私も曞いおみようかな、ず、
    きっかけず勇気をもらった䜜品

    母ちゃんさん、䜜品も嬉しかったけど、
    蚘事にも励たされたし、自己開瀺のきっかけをもらった
    ありがずうございたす



    昭和女子LIFE〜40代・50代・60代の倧人䞖代マガゞン〜

    るこさんが魅力的なマガゞンを䜜られたしたよ〜
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