応える気がないなら、好意を保存するな。
責任を取れないなら、希望を供給するな。
相手を傷つけたくないと言いながら、相手の時間を自分の自己肯定感に使うな。
それは優しさではない。
自分が悪者になりたくないだけだ。
相手を手放せないのではなく、相手の中に映る「価値のある自分」を手放せない。
だから、離れそうになると優しくする。
でも、関係の責任は取らない。
その曖昧さの代金を払うのは、いつも待たされる側だ。
はっきり拒絶することは、冷たさではない。
応えられない好意に終わりを渡すことも、優しさだ。
優しさの顔をして、相手の時間を奪い続けるほうが、ずっと卑怯だ。