
公開してはいけないサイトを、公開してしまった|初心者のサーバー操作ミス実録
前回:クライアントの前に自分のサイトを実験台にして、13日で構築・公開に成功。「できる」という手応えを得て、いよいよ本丸へ——。
10年、止まっていた
クライアントのサイトに取りかかって最初にやったのは、AIと一緒に既存サイトを隅々まで精査することだった。
結果は、想像を超えていた。
すでに撤退したはずのネット通販へのリンクが、メニューに残っている。技術としてすでにこの世から消えた仕組み(ご存じの方はFlashと聞けば伝わるだろうか)で作られたコンテンツへのリンクが、現役の顔をして置いてある。沿革は10年近く前で止まり、「お知らせ」の最終更新も、ほぼ10年前。
10年。サイトは、止まったまま放置されていた。
責める気にはなれなかった。本業が忙しい会社のサイトとは、得てしてこういうものだ。むしろ確信した。このリニューアルは、絶対に必要とされている。
その日のうちに、私はAIと「暫定サイト」を作った。古い情報をすべて捨て、正しい情報だけで構成した、HTML1枚のシンプルなページ。フルリニューアルまでの応急処置として、まずこれに差し替える計画だった。
一晩で形になった。実験台で鍛えた成果が、早速出た——と、このときは思っていた。
翌朝、血の気が引いた
翌日、完成した暫定サイトをサーバーにアップロードした。手順はAIに確認済み。ファイルを置く場所も指定されていた。
置き間違えた。
サーバーの中の、指定されたフォルダではなく、その一つ上の階層——サイトの「本番の顔」が表示される場所に、私はファイルを置いてしまった。
つまりこうだ。その瞬間から、クライアントの会社の正式なURLにアクセスした人全員に、社長がまだ一度も見ていない暫定サイトが表示されていた。
血の気が引いた。
私はこのプロジェクトで、自分にひとつのルールを課していた。「クライアントの許可なく、勝手に公開しない」。信頼で受けた仕事だからこそ、そこだけは踏み外さないと決めていた。そのルールを、技術ミスで、初日に破った。
キャンセルボタンのない数時間
AIに状況を報告し、対処を協議した。結論は、サーバーのバックアップ復元。数日前の正常な状態に、サイトを丸ごと巻き戻す。
ここで、初心者には知る由もなかった事実を知る。
復元には数時間かかる。そして、一度実行したらキャンセルできない。
「準備中」の表示を、ただ見つめて待つ。あの数時間の、胃の縮む感覚は忘れられない。画面の向こうで何が起きているのか分からないまま、祈ることしかできない。コードが書けないことより、「失敗したときに何が起きるか」を知らないことの方が、よほど怖いのだと、このとき体で覚えた。
復元は、無事に終わった。今度は場所を三度確認して、正しいフォルダにアップロードし直した。暫定サイトは、あるべき形で世に出る準備が整った。
混乱の日が、最高の日になった
そしてこの日の顛末には、続きがある。
夕方、経営者から連絡が届いた。暫定サイトを確認した上での、「これで公開しましょう」というGOサイン。さらに、こう添えられていた。
「フルリニューアル、頑張りましょう!!」
朝に青ざめ、昼に祈り、夜に跳び上がった。プロジェクトが始まって以来、いちばんテンションが上がった日が、いちばんのやらかしの日と同じ日だったのだ。
その夜、私は失敗の一部始終を記録に残した。何をどう間違え、どう戻したか。次に同じ場面が来たら、どこを確認するか。
この「失敗を記録する」という習慣が、のちに私とAIの協業を支える柱になっていく。だがそれはまだ先の話。
そしてこの程度のやらかしは、ほんの序の口だったことを——90日を走り終えた今の私は、知っている。
(次回:「AIが、昨日のことを覚えていない」)
この連載について コードが書けない元広告ディレクターが、AIとの協業だけでクライアントの企業サイトを完成・公開させるまでの90日間の実録です。当時の実際のログをもとに書いています。登場する企業・人物は、特定を避けるため一部の表現を変えています。 連載はマガジン「AI並走記」に束ねていきます。良かったらフォローしてください。