
そして誰も買うものが無くなった
ロボットを買おうとしていた孫正義、今度は77万人の仕事場まで買おうとしている
文・武智倫太郎(週刊バブルウォッチ編集長)
SoftBank Group(SBG)とソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVFs)を長年眺めていると、たまに自分が何の会社について調べているのか分からなくなる。
通信会社だったはずなのにAlibabaが出てくる。半導体会社のArmを買う。Uberにも出資する。ホテル予約、宅配、フィンテック、ロボット、シェアオフィスまで出てくる。
その中でも、やはりWeWorkは忘れ難い。
オフィスビルを長期で借り、それを小分けにして短期で貸すシェアオフィス会社に、SoftBank Groupは累計約160億ドルを投じた。WeWorkは一時470億ドルという企業価値を付けられたが、その後米連邦破産法11条を申請し、再建後の株式価値は約7億5,000万ドルと見積もられるところまで行った。
普通の会社なら、この辺りで『投資規律の徹底』『リスク管理体制の強化』『投資委員会のガバナンス再構築』などという言葉を73ページほど並べ、しばらく大人しくしていても誰も責めない。
ところが、そこからが孫正義である。
Armを持ち、OpenAIには累計646億ドルを突っ込み、AIデータセンターへ進み、電力へ進み、DigitalBridgeを31億ドルで買収し、ABBのロボティクス事業については53.75億ドルで買収契約まで結んだ。正確にはABBロボはまだクロージング前であり、SBGの公式発表では2026年半ばから後半の完了予定となっているのだが、少なくとも買い物かごには既に入っている。
半導体。
AI。
データセンター。
電力。
デジタルインフラ。
ロボット。
ここまで買えば、さすがに次に買う大型商品など大して残っていないのではないかと思っていた私は甘かった。
2026年10月16日、SBGが米国最大の警備・施設サービス会社のアライド・ユニバーサル(Allied Universal:アライド)の買収を検討していることが明らかになった。
想定される株式価値は最大180億ドル。
1ドル150円なら約2兆7,000億円である。
しかもブルームバーグによれば、アライドにはローンや社債など公開市場で取引される債務が約120億ドルある。単純に並べれば負債込みの取引規模は約300億ドル、約4兆5,000億円級になる。
但し、これは、SBGが4兆5,000億円を現金で机の上に積んで『これください』と言う話ではない。180億ドルという株式価値も確定価格ではなく、交渉はまだ初期段階で、SoftBank自身もコメントを控えている。10月17日夜時点でもSBGから正式な買収発表は出ていない。
しかし、買収対象のサイズが尋常ではない。
アライドは世界100カ国以上で事業を展開し、公式サイトによれば従業員は約77万人。別の同社資料では約80万人とも表現されており、年間売上高は約230億ドル、Fortune 500企業の400社以上と取引し、北米で第3位、世界で第7位の巨大民間雇用主だという。英国G4Sも傘下に持つ。
77万人。
もはや会社というより、かなり大きな都市人口である。
しかもロイターによれば、SBGがアライドを買収した場合、将来的には特定の警備業務をAI搭載ロボットへ置き換える構想があるという。人型警備ロボットを本格投入するには時間がかかるとみられているが、孫正義が警備会社そのものに突然興味を持ったというより、ロボティクスの実装先として見ていることが透けて見える。
ここで話が、昨年のABBロボ(ABB Robotics)へつながる。
SBGは2025年10月、ABBのロボティクス事業を53.75億ドルで取得する契約を締結した。ABBロボは産業用ロボットの世界的大手で、SBG自身も買収理由として、AIチップ、AIロボット、AIデータセンター、電力をASI実現のための四つの重点領域に挙げている。ソフトバンクロボティクス、Berkshire Grey、AutoStore、Agile Robots、Skild AIなど既存のロボティクス投資とも組み合わせるという。
つまり、身体を買う。
頭脳にも投資する。
半導体も持つ。
データセンターも押さえる。
電力にも入る。
そして最後に、そのロボットが働く仕事場そのものを買う。
こう並べてみると、アライド買収案がそれほど突拍子もない話に見えなくなるから恐ろしい。
むしろ足りなかった最後の一枚のようにも見える。
アライドの警備員が行っている仕事は、単純に制服を着て入口に立っているだけではない。巡回し、監視し、入退館を管理し、不審者や設備異常を発見し、来訪者に対応し、記録を残し、警察や消防へ連絡する。データセンターなら機密区域へのアクセス管理も重要で、Alliedは実際にデータセンターの開発・運営を支える事業も伸ばしている。
画像認識。
音声認識。
自律移動。
センサー。
生成AI。
ドローン。
ロボット。
この仕事一覧を見ると、フィジカルAI屋が目を輝かせる理由は分からなくもない。
だが、PowerPoint上で『AI化可能』と黄色く塗れる仕事と、午前3時の物流倉庫で実際にロボットへ任せられる仕事は同じではない。
雨の日でも動くのか。階段はどうするのか。酔っ払いに絡まれたらどうするのか。火災報知器が鳴ったとき、本当に避難誘導できるのか。不審者が逃走したら追い掛けるのか。人間へ物理的に接触してよいのか。ロボットが判断を間違えて事故を起こしたら、警備会社、ロボットメーカー、AIモデル提供会社の誰が責任を負うのか。
ロボットなら労働基準法は適用されないかもしれないが、そのロボットにつまずいて人間が骨折すれば、話は労働法から損害賠償へ移る。
フィジカルAIには、デモ映像にはなかなか映らない現場がある。
それでも77万人の労働集約型企業を丸ごと買うという発想は、孫正義の現在の戦略と妙に整合する。
そして10月17日時点で、もう一つ重要な情報が加わった。
FTによれば、今回のアライド買収構想は、孫正義が湾岸諸国などの投資家から最大1,000億ドルを集めようとしている新しい投資構想ともつながっている。これは従来のSVFsのように主として成長企業の株を買うのではなく、既存企業そのものを買収し、AIやロボティクスを導入して企業価値を高めることを狙うという。
ここでアライドを見ると、話が急に分かりやすくなる。
既に230億ドルの売上がある。
世界100カ国以上で営業している。
400社以上のFortune 500企業という顧客基盤を持つ。
そして約77万人が大量の現場作業をしている。
スタートアップではない。
『将来、警備市場を取ります』というPowerPointでもない。
現場も顧客も売上も人間も既に存在している。
そこへAIとロボットを流し込み、生産性を上げ、利益率を改善する。
もし最大1,000億ドルの新ファンドが本当にこの戦略のために作られるのなら、アライドはその第一号案件の教科書に載せたくなるほど分かりやすい。
つまり、孫正義は『買うものが無くなった』のではない。
買う対象の定義そのものを変え始めたのである。
これまではAI企業を買う。
次はAIを導入できる企業を買う。
この違いは大きい。
世界中を探せば、物流会社もある。清掃会社もある。倉庫会社もある。介護会社もある。工場もある。農業会社もある。建設会社もある。
人間が大量に働いている会社は、全部フィジカルAIの実装候補に見えてくる。
そうなると、買うものは無くなるどころか、突然世界中の会社が買収候補になる。
ここで、いつもの金の話に戻る。
SBGは9月、総額約111億ドルの大型ハイイールド債を発行し、最も高いクーポンは9.75%だった。ロイターによれば、ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズ(SBIA)のAlex Clavel CEOは、将来値上がりすると考える資産を売るより借入を使う方が合理的であり、OpenAIのこれまでの価値上昇を考えれば、この調達コストも合理的だという趣旨の説明をしている。
もちろん、アライドを9.75%の社債で買うと決まったわけではない。むしろ最大1,000億ドルの外部ファンド構想が本当に実現するなら、SBG自身のバランスシートへ全部載せず、外部資本とともに買収する方が自然だろう。
それでも9.75%という数字には、現在のAI金融が置かれている世界がよく表れている。
仮に10%近いコストの金を使うなら、その資金で買う資産から、それ以上の価値を生まなければ意味がない。
年10%以上を安定して稼げる会社を、安く売ってくれるオーナーを探せばよい。
驚くべきことに、そんな親切な人はあまりいない。
本当に毎年安定して高収益を生む事業なら、売り手にも電卓がある。
だから大型M&Aでは、現在の利益では説明できない買収価格を、将来の『シナジー』で説明することになる。
AIを導入します。
人件費を減らします。
顧客単価を上げます。
ロボットを投入します。
生産性を改善します。
新しいサービスを売ります。
この辺りまで並べれば、投資銀行が作る買収説明資料の半分くらいは完成する。
問題は、シナジーという単語そのものには現金決済機能が付いていないことである。
銀行は『御社には素晴らしいシナジーがありますね』と言って利払いを免除してくれない。
そして77万人という数字が、再び違った意味を持ち始める。
仮にAIとロボットによって、一人の警備員が一カ所を見る仕組みから、一人のオペレーターが数十台のロボットと複数施設を監視する仕組みへ変われば、生産性は劇的に上がる可能性がある。
そこまで実現すれば180億ドルという株式価値にも、別の計算ができる。
しかし、その裏側には当然もう一つの計算がある。
AIを導入すれば、人間はもっと高付加価値の仕事へ移れる。
AI企業が大好きな説明である。
では、77万人の人間が働いている会社をAI化したとき、77万人分の『もっと高付加価値な仕事』が都合よく同時に発生するのか。
その説明は、まだあまり聞いたことがない。
以前私は、企業のAIエージェント群が社員の知識を吸収し、やがて企業に帰属するスーパーバイザーのような存在になるなら、人間は『自分の仕事をAIへ教えるために雇われる人』になりかねないと書いた。
警備でも同じことが起こり得る。
ベテラン警備員がロボットに巡回経路を教える。不審行動の見分け方を教える。建物ごとの特殊ルールを入力し、異常時の判断を学習させる。
人間がAIを新人教育する。
AIが仕事を覚える。
そして驚くべきことに、教育が終わったあと新人の方だけが会社に残る可能性がある。
なかなか斬新な人材育成である。
さらにアライドをフィジカルAI側から見ると、価値があるのは人員だけではない。
長年蓄積した顧客契約、警備計画、施設ごとの運用ノウハウ、配置、巡回、アクセス管理、事故対応、教育手順がある。
ここから先は私の分析になるが、もしこれらを適切な法的・プライバシー上の管理の下でロボットの運用設計へ落とし込めるなら、アライドは単なる警備会社ではなく、フィジカルAIが現実世界の仕事を覚えるための巨大な実装プラットフォームにもなり得る。
ロボット会社には身体がある。
AI会社には頭脳がある。
しかしフィジカルAIが本当に普及するためには、
仕事が要る。
この当たり前のものが意外に手に入りにくい。
研究所で箱を運ばせるデモなら作れる。展示会で飲み物を運ぶこともできる。
だが、毎日、世界100カ国以上で、顧客がお金を払い、本当に誰かがやらなければならない業務を77万人分用意することは、ロボットメーカーにはできない。
アライドには、それが最初からある。
だから、ABBロボの買収契約とアライドの買収検討を同じ紙の上へ置くと、妙に絵が完成してしまう。
身体を用意する。
頭脳を入れる。
仕事場を買う。
顧客まで付いてくる。
あとは人間からロボットへ仕事を教える。
ここまで来ると、買収というより垂直統合である。
ただし私は、ここでWeWorkを思い出してしまう。
WeWorkにも美しい物語があった。
不動産をテクノロジーで変える。
働き方を変える。
コミュニティを作る。
世界中のオフィスをネットワークにする。
物語だけを聞けば、別に馬鹿げてはいない。
問題は、物語が正しいことと、その会社をその価格で買うことが正しいことは、全く別の問題だということである。
AIが世界を変える。
おそらく変える。
ロボットが人間の仕事を代替する。
これも相当な範囲で起きるだろう。
警備業務にもロボットが入る。
既に始まっている。
ではアライドの株式価値180億ドル、負債込み約300億ドルという価格が、その未来から逆算して安いのか高いのか。
そこだけは、AIに聞いても将来のキャッシュフローを保証してくれない。
そして、私はようやくタイトルへ戻る。
半導体を押さえた。
AIに巨額出資した。
データセンターへ行った。
電力へ行った。
DigitalBridgeを買った。
ABBロボとは買収契約を結んだ。
今度は77万人が働く警備会社まで買おうとしている。
この次は何を買うのだろう。
物流会社か。
建設会社か。
病院か。
農場か。
都市か。
さすがに国家そのものは売り物ではないと思うが、最近の孫正義を見ていると、『条件次第では検討します』と言われても驚かなくなってきた。
もっとも、今回のアライド買収はまだ決定していない。価格も資金調達方法も確定していない。AIロボットをどこまで投入できるかも分からず、77万人の仕事がどう変わるのかなど、現時点では誰にも分からない。
分からないことばかりである。
ただ、一つだけ分かった。
私はABBロボとの買収契約まで来た時点で、孫正義が次に買える大物は、もうそれほど残っていないと思っていた。
どうやら、品切れになったのは世界の会社ではなかった。
私の想像力の方だったのである。
そして誰も買うものが無くなった。
― 完 ―