
そして誰も超知能のスペルを確認していなかった
――AIと呼べば敵、SIと呼べば味方。ところが超知能の協定書はアメリカの国名を間違えていた
文・武智倫太郎(週刊バブルウォッチ編集長)
アメリカ合衆国の名前が変わってしまった
2026年9月29日、アメリカのホワイトハウスで、人類の未来を左右するかもしれない歴史的な協定が結ばれた。
その名も『White House Accord on Super Intelligence(超知能に関するホワイトハウス協定)』
署名したのは、ドナルド・トランプ大統領に加え、Googleのスンダー・ピチャイ、Anthropicのダリオ・アモデイ、Metaのマーク・ザッカーバーグ、OpenAIのグレッグ・ブロックマン、xAIのイーロン・マスク、そしてNVIDIAのジェンスン・フアンという、現在の人工知能産業を代表する面々である。
これだけの顔ぶれが一堂に会して、人類を超える知能の安全性について協定を結ぶのだから、さぞかし立派な文書が作成されたに違いない。
ところが、公開された協定書を読んでいた人々は、トランプ大統領の署名欄に奇妙な文字列が印刷されていることに気づいた。
President of the Unites States
本来なら『President of the United States』と書かれていなければならないところ、『United』の末尾の『d』が『s』になっていたのである。
私は最初、このニュースを見たとき、誰かが画像を加工した悪ふざけだろうと思った。何しろ、アメリカ大統領の肩書にアメリカ合衆国のスペルミスがあるという話なのだから、いくら何でも出来過ぎている。
しかし、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のAmerican Presidency Projectに収録された協定書を確認すると、本当に『Unites States』と書いてある。トランプ自身が公開した画像にも同じ誤記があり、後にファクトチェックでも本物と確認された。

しかも、この協定書の中身がまた素晴らしい。AIシステムが想定どおりに動作しているか監視し、社内の専門チームが検証し、独立した外部監査人が評価し、さらには取締役会の独立委員会が監督するという、四重の管理体制を構築しようというのである。
私はこの四重の管理体制を読んで、思わず感心してしまった。
人類を超える知能の安全性を確認するためには、内部監視、内部検証、外部監査、取締役会による監督という四重のチェックが必要なのだ。
そこで素朴な疑問が湧いてきた。
アメリカ合衆国のスペルを確認する仕事は、この四重の管理体制のどこに入るのだろうか。
もちろん、協定書の誤字とAIシステムの安全性評価は別の仕事であり、スペルミスが一つあったからといって、署名企業の技術力まで否定できるわけではない。
それでも、人類の知能を超える技術について四重の安全確認を誓約する記念文書で、署名者の国名を間違えてしまったという組み合わせには、何とも言えない味わいがある。
おそらく、こんな話をコメディー映画の脚本に書いたら、監督から『少しわざとらしいので、もうちょっと現実味のある設定にしてください』と注文がつくだろう。
AIという言葉を使う人間は敵である
話はここから、さらに面白くなる。
トランプ大統領は協定に署名した9月29日、大統領令第14434号『Inaugurating the Era of Super Intelligence』にも署名し、連邦政府の行政機関に対して『Artificial Intelligence(AI)』ではなく『Super Intelligence(SI)』という用語を使用するよう指示した。
そして10月8日、自身のSNSであるTruth Socialに、従来のArtificial Intelligenceという呼称を使い続ける者はホワイトハウスにとって『THE ENEMY』、つまり『敵』であると投稿したのである。
私は長年、情報技術の世界に関わってきたが、技術用語の使い方をめぐって、アメリカ大統領から敵に指定される可能性が出てきたのは初めてである。
1956年のダートマス会議以来、70年にわたって使われてきたArtificial Intelligenceという名称が、ある日突然、国家の最高権力者によって好ましくない言葉に指定されてしまった。
もっとも、トランプの発言は、AIという言葉を使った人間を実際に逮捕するという意味ではないし、大統領令にも民間人がAIと呼んだ場合の罰則は書かれていない。行政機関に対して、法令上許される範囲で新しい呼称を使用するよう求めたものである。
それでも、技術用語に政治的な忠誠心が持ち込まれるというのは、なかなか興味深い。
例えば、いま世界中の大学には人工知能研究所があり、人工知能学会があり、人工知能を専門とする研究者がいる。その人たちが、昨日までの研究成果を今日から『超知能研究』と呼び始めたところで、研究対象の性能が向上するわけではない。
しかも、トランプが署名した大統領令そのものを読むと、Artificial Intelligenceという表現が何度も登場する。これは、従来の法律上の定義を参照したり、名称変更の対象を説明したりするために必要な記述なので、形式上の矛盾とはいえない。
しかし、大統領令第3条には、さらに興味深いことが書かれている。
新しい『Super Intelligence』および『SI』は、当面の間、既存の米国法が定義する『artificial intelligence』に該当する技術やシステムを意味するというのである。
そのうえで、大統領科学技術顧問には60日以内に新しい法的定義の案を提出するよう求めている。
これは実に合理的な行政手続きだと思う。新しい技術用語の意味をまだ確定できていないのだから、とりあえず古い用語の定義を流用し、後から整理するということである。
ただし、技術屋の私には少々気になる点がある。
既存のAIの定義を使っている限り、従来のAIと新しいSIは、少なくともこの大統領令の適用上は同じ範囲の技術を指していることになる。
名前が変わったからといって、昨日まで解けなかった数学の問題が解けるようになるわけでも、昨日まで発生していたハルシネーションが消えるわけでもない。
性能仕様が決まる前に、製品名と宣伝文句だけが先に決まってしまった。
製造業の世界でこんなことをやったら、開発部門から『製品仕様書はどこですか』と問い合わせが来るだろう。
もちろん、現代のAIが今後さらに進歩して、人間を超える知能に到達する可能性まで否定するつもりはない。しかし、そうした将来の可能性と、今日販売されているAI製品の性能保証は、別々に議論する必要がある。
敵はホワイトハウスの中にいた
ところで、10月8日の『AIと呼ぶ者は敵』発言を受けて、アメリカ政府のウェブサイトにも面白い事態が発生していた。
米連邦政府のAI政策サイトは、画面上の表示を『SI GOV』に変更したものの、10月9日の段階ではURLが『AI.gov』のままだったのである。
つまり、ホワイトハウスがArtificial Intelligenceという名称を使う者は敵だと宣言したとき、連邦政府自身が『AI.gov』というドメイン名を使っていた。

敵を探して世界中を見渡す前に、まず政府の情報システムを点検した方がよさそうな状況だったわけだ。
もっとも、アメリカ政府もさすがにこのままでは具合が悪いと思ったらしく、10月13日には新しい『SI.gov』を開設し、旧『AI.gov』からも転送するようにした。
名称変更の大統領令が出た9月29日から、新しいドメインが稼働した10月13日まで、およそ2週間である。
政府機関のウェブサイトを移行する作業として考えれば、素早い対応だったと評価できる。しかし、人類を超える知能が登場する時代になっても、ドメイン名を変更するには、相変わらず人間が手続きを進めなければならないらしい。
しかも、この名称変更に追随しているのは政府だけではない。
イーロン・マスクはSpaceXAIという名称をSpaceXSIに改め、Salesforceのマーク・ベニオフもAIForceをSIForceに変更すると表明した。マイクロソフトのサティア・ナデラも、超知能の時代について論じた文章で、新しい用語を積極的に採用している。
さすがはシリコンバレーである。技術革新だけでなく、政治環境の変化に対する適応能力も実に高い。
ところが、ここで一社、気になる企業がある。
OpenAIである。
社名の中に、トランプが嫌っている『AI』という二文字が堂々と入っている。
OpenAIのサム・アルトマンは、社名を変更する計画はないと述べているが、これからホワイトハウスに提出する資料では、一体どのような表記を使うのだろうか。
例えば、OpenAIが開発したAIをSuper Intelligenceと呼ぶ場合、文章の中にはOpenAIとSuper Intelligenceが同居することになる。
名前の変更に厳格な大統領が、会社の名前だけは例外として認めてくれるならありがたい話だが、そうなると今度は、AIと呼ぶ人間が敵で、AIという名前の会社は味方という、少々難しい状況が生まれる。
何しろ、9月29日の協定書にはOpenAIのグレッグ・ブロックマン本人が署名しているのである。
敵か味方かを決める前に、まず会社の正式名称を確認する必要がありそうだ。
そもそもSIという名前は、すでに使われていた
ここでもう一つ、技術者として見逃せない問題がある。
トランプ大統領が新しい技術の名称として採用した『SI』という略称は、科学技術の世界では1960年から正式に使われている。
しかも、その由来はフランス語の『Système international d'unités』、日本語では『国際単位系』である。
メートル、キログラム、秒、アンペアなどを基礎とする、世界共通の単位体系の名称であり、アメリカの標準技術を担当する国立標準技術研究所(NIST)の公式サイトにも明記されている。
これは私には、なかなか愉快な話である。
アメリカの技術覇権を象徴する新しい名称として採用されたSIが、実は66年前から存在するフランス語由来の国際標準の略称だったのだから。
もっとも、略称が重複すること自体は珍しくない。技術用語など、分野が変われば同じアルファベットが別の意味になることは日常茶飯事である。
しかし、今回ばかりは少々事情が違う。
人工知能を超知能と呼び替えて、アメリカの技術的優位性を強調しようとしているのに、その略称が国際単位系と重なっているのである。
例えば、データセンターの消費電力を表すときには、ワット、キロワット、メガワットといったSI単位系に基づく表記を使用する。
そして超知能の時代には、そのデータセンターでSIが動作することになる。
文章の前後関係で区別できるとはいえ、SI単位系で測定した電力を使ってSIを稼働させるというのだから、少々ややこしい。
私は以前から、AI産業の巨大な設備投資を考える際には、電力設備やデータセンターの現実的な制約を確認する必要があると書いてきた。
AIをSIに改名したところで、100MWの発電設備は100MWのままであり、GPUの消費電力も冷却設備の必要容量も変わらない。
電力会社に『今月から人工知能ではなく超知能になりましたので、電気代を半額にしてください』と申し入れても、おそらく快く断られるだろう。
残念ながら、技術の名称変更に伴う電気料金の割引制度は、まだ発表されていない。
超知能を使った詐欺まで登場した
名称変更の影響は、思いがけないところにも現れている。
10月6日、アメリカ司法省は、音楽ストリーミングサービスで不正に印税を受け取っていた男性に禁錮18か月の判決が下されたことを発表した。
その公式発表の見出しは、『Super Intelligence-Assisted Music Streaming Fraud』
つまり、超知能を利用した音楽ストリーミング詐欺である。
司法省の公式発表によると、この事件の不正行為は2017年から2024年にかけて行われ、架空の楽曲と大量の自動再生アカウントによって、800万ドル以上の印税が不正に取得されたという。
事件の規模もさることながら、私が注目したのは、2026年の名称変更によって、過去に行われたAIを利用する犯罪まで、司法省の発表では『超知能を利用した犯罪』と呼ばれるようになっていたことである。
2017年に始まった犯罪が、2026年になって突然、超知能犯罪という立派な名前を与えられてしまった。
しかも、この司法省の発表をよく読むと、新しいSuper Intelligenceという表現と、従来の『AI-generated songs』という表現が同じ文書の中に共存している。
連邦政府が名称変更を徹底する途中で、過去の事実を説明するための用語が残ったのだろう。実務上は理解できる話だが、どこまで名称を置き換えるべきなのか、担当者にとっては悩ましい問題に違いない。
おそらく、これから先は、従来『AIを使った詐欺』と呼んでいたものが『超知能を使った詐欺』と報道される機会も増えるのだろう。
犯罪の手口が変わらなくても、名称だけは最新技術に対応していく。
これも一種のデジタルトランスフォーメーションなのかもしれない。
超知能の監査は、誰が監査するのか
さて、ここまでは笑い話として読めるのだが、10月13日にロイターが報じたニュースは、もう少し真面目に考えておいた方がよい。
ホワイトハウス協定では、最先端AIシステムの安全性を確認するため、独立した外部監査人や評価機関を活用することになっている。
ところが、10月13日のロイター報道によると、OpenAIとAnthropicは、外部評価機関が調査結果をどこまで公開できるかをめぐって、評価機関側と交渉していた。
技術企業としては、モデルの内部構造や研究開発上の秘密が競合他社に流出することは避けたい。一方、独立した評価機関としては、調査結果の公表を開発企業に制限されるようでは、十分な独立性を確保できないという問題がある。
両社は報道に対してそれぞれ説明しており、独立評価そのものを否定しているわけではない。それでも、何を調査できるのか、どのような結果を公表できるのかという条件が重要な交渉事項になっていることは確かである。
私はこの話を読んで、先ほどのスペルミスとは別の意味で考え込んでしまった。
大統領と世界有数の技術企業が署名した協定書には、独立した監査の必要性が明記されている。しかし、その監査を実施する機関が、どこまで自由に調査し、どこまで独立して結果を公表できるかについては、まだ調整が続いているのである。
しかも、ホワイトハウス協定は自主的な約束を中心とするもので、違反した場合の具体的な制裁まで定めた法律ではない。
人類を超える知能が登場したとき、それが何を考え、どのような判断を下し、誰に損害を与える可能性があるのかを、誰がどのような基準で評価するのか。
本来なら、名前をAIにするかSIにするかよりも、こちらの方がはるかに重要な問題だろう。
実際、10月に公表されたAP通信とNORCの世論調査では、アメリカの成人の64%がAIの発展速度を速過ぎると考え、約8割がAIを人間の管理下に置くことを重視している。
こうした不安を抱える国民に対して、AIではなくSIと呼ぶようにしたから安心してください、と説明したところで、十分な答えになるとは思えない。
航空機であれば、機体の安全性を確認するための試験や認証があり、発電設備であれば、定格出力、効率、保護装置、運転条件などについて確認するべき仕様がある。
もちろん、AIのように用途が多様で、継続的に性能が変化するシステムに対して、航空機や発電設備と同じ制度をそのまま当てはめることはできない。
それでも、少なくとも『何をもって安全と評価するのか』『誰がその結果を検証するのか』という問いを避けることはできないはずだ。
そして、超知能という名称が採用されたからといって、その答えが自動的に完成するわけでもない。
超知能の時代になっても、請求書は超知能にならない
ここで、私はもう一度、9月29日のホワイトハウス協定に戻ってみた。
世界を代表する技術企業が、人類の未来について議論し、超知能の安全性に関する協定に署名する。その一方で、各社は巨額の設備投資を計画し、GPUを調達し、データセンターを建設し、電力設備や通信ネットワークの整備を進めている。
投資家たちは、その先にどれほど巨大な市場が誕生するのかを予測し、企業価値を計算し、将来の売上高や利益率について議論する。
技術が進歩すれば、従来できなかった仕事ができるようになり、新しい市場が生まれる可能性もある。その期待が世界中から巨額の資金を集めていること自体は、何も不思議な話ではない。
ただし、技術開発の現場と金融市場では、時間の流れ方が少し異なる。
研究開発の世界では、性能が目標に届かなければ、原因を調査して設計を変更し、もう一度試験をやり直すことができる。
しかし、金融の世界では、技術開発が予定より遅れたからといって、社債の利息や借入金の返済期限まで自動的に延期してもらえるわけではない。
データセンターの建設契約も、電力供給契約も、GPUの購入代金も、投資家の期待だけで支払うことはできないのである。
そこに、今回の名称変更を重ねてみると、なかなか面白い構図が浮かび上がってくる。
まだ技術的な意味や性能基準について議論している段階の超知能が、政治的にはすでに新しい時代の主役として扱われ、金融市場では将来の巨大な収益源として期待されている。
そして政府も企業も、競い合うように名称の変更を進めている。
もちろん、名称の統一には行政上の意味があるし、技術が進歩すれば既存の用語を見直す必要が生じることもある。
しかし、どれほど立派な名称を付けたところで、技術の性能は試験によって確認する必要があり、安全性については検証が必要であり、設備投資の回収には実際の収益が必要である。
AIがSIになったという理由で、GPUの寿命が延びるわけでも、データセンターの建設費が安くなるわけでもない。
ましてや、超知能になったからといって、銀行が貸付金の返済を免除してくれるとは考えにくい。
名前の立派さに比例して資金調達が容易になるのであれば、世の中の企業は、とっくの昔に全社名を『スーパー何とか』に変更していただろう。
最後に必要なのは、やはり人間だった
思えば、今回の出来事は、技術と人間の関係について考えるには格好の材料だったのかもしれない。
1956年、研究者たちはArtificial Intelligenceという名前を掲げ、人間の知的活動を機械によって実現しようとする研究を始めた。
それから70年が過ぎ、コンピューターの性能は飛躍的に向上し、生成AIは文章を書き、画像を作り、プログラムを生成し、膨大な情報を短時間で処理できるようになった。
そして2026年、アメリカ大統領は、これからの技術をArtificial IntelligenceではなくSuper Intelligenceと呼ぶことにした。
世界の有力企業が賛同し、政府機関が名称を変更し、ウェブサイトのドメイン名まで新しくなった。
その一方で、超知能の安全性を確認するための外部監査は、何をどこまで調べ、その結果をどこまで公表するべきなのかという問題を抱えている。
私はここで、超知能という言葉そのものを笑いたいわけではない。人間の知能を超える技術が本当に登場するのであれば、その技術にふさわしい名前を付けることには意味があるだろう。
ただ、その名前に見合う性能を確認し、安全性を検証し、社会が安心して使える仕組みを整えるという作業には、依然として人間の責任が残っている。
そして、どれほど優秀なコンピューターを開発しても、最終的にその技術を利用するのは人間であり、契約書に署名するのも人間であり、間違いを発見して訂正する責任を負うのも人間なのである。
考えてみれば、スペルチェックなどというものは、超知能どころか、何十年も前からワープロに標準装備されている機能だった。
そんな時代に、人類はとうとう超知能の安全性をめぐる歴史的な協定を結び、世界を代表する技術企業の幹部たちが署名した。
ところが、その記念すべき協定書には、アメリカ合衆国の名前が一文字間違ったまま印刷されていたのである。
そして誰も超知能のスペルを確認していなかった。
― 完 ―