
ショートショート 「エステ」 #チャレがや企画
施術室は白い光に満たされ、壁には淡いクリーム色の影が揺れていた。
美咲はベッドに横たわり、頭に冷たい金属のヘッドギアを装着されながら不安げに成美を見上げた。
「え?エステって聞いたんだけど?」そう言う声は、室内の静けさに吸い込まれていく。
「そう、これがエステの本質よ。時は18世紀。ドイツの哲学者バウムガルテンが、エステを『感性的認識の学=美学』という意味の学問名として使い始めたの。“美しくする行為”ではなく、“美を感じる側(感性)”を指すのよ」
成美がそう言うと、美学矯正マシーンのスイッチを押すと、室内の照明がわずかに震えた。
「バフン!」
美咲の体が一瞬跳ね、
「あ”、あ”、アバベブバベ、ぶびばべぼばべ」
と言葉にならない声が漏れた。ヘッドギアから白い湯気が立ち上り、最後にプスっと音を立てて装置は停止した。
ゆっくりと目を開ける美咲。
その視界に入ったもの―壁、机、椅子、ヘッドギアまでもが、完成された美そのものだった。
世界が一度に“整って”見えた。
成美は宝玉のように輝く手鏡を差し出した。
「はい、これ」
鏡を覗いた美咲は息を呑んだ。
「え?誰?私? 頬の曲線は夜明け前の空の薄桃色を帯び……瞳は深海の底で灯る火のように揺れている……あぁ、なんて美しいの……」
成美は天使のような声で言った。
「成功ね。これで、もうあなたに美容は必要ないわ」
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施術室を出て外気に触れた瞬間、美咲はさらに感動した。
日の光に照らされた道端の花は輝き、ゆっくり流れる雲は名画の一部のように見えた。顔の周りをチラチラ舞う小さな虫さえ、愛おしい存在だった。
「こんなにも世界は美しかったのね」
そう呟いた足元に、黄金色の柔らかい物体——犬のフンが落ちていた。
その歪なフォルムすら、計算し尽くされた完璧な現代アートに見えた。
美咲はうっとりと両手ですくい上げ、
そっと頬擦りをした。
完
(本文786字)
あとがき
チャレがや企画の第14弾、お題「エステ」に参加させて頂きました。