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バウンダリーが育まれなかった

    他者との適切な距離感を身につけたくて、バウンダリーを学んでいる。バウンダリーとは自他を守る境界線のこと。
    これがないと、友人知人の境界線を侵略してしまう。自分の話ばかりしてしまう、頼るべきところを頼らず、自分で何とかすべきところを人に頼ってしまったり。それがまずわからないことに悩んでいる。
    変に気遣いをして、余計に友人知人に迷惑をかけ、人から嫌われる。一番の悩み。

    自分自身も他者から境界線を引けずつらい思いをしてしまう。断っても相手は全然気にしないとわかっていることを断れない。

    自分の周りの人たちは優しいから、私と付き合ってくれているのだと思う。それをやめたい。大切な人たちの負担にならないようになりたい。

    意識して気をつけるには限界がある。根本的にバウンダリーについて知り、身につけたいと思った。

    睡眠障害があり、一晩ぐっすり眠れたときそれだけで他者からどう思われようと気にならなくなったり、友人に一方的に弱音ばかり吐いていてそれをやめたくて、なかなかやめられず申し訳なかったが、それも毎日眠れさえすれば現在は自然に収まっている。一時友人に弱音を吐かないようにAIに聞いてもらっていたが毎日眠れるようになってからはAIに聞いてもらわなくても大丈夫になった。
    だが根本的にバウンダリーはないと思う。

    自分はつらい、悲しいニュースにダメージを受けすぎて、日常生活に支障をきたしてしまう。
    なぜ多くの人はそこまでダメージを受けず、切り離して考えられるのだろうと不思議に思っていた。

    東日本大震災の映像を見てしまった時、1ヶ月近く寝込んでしまった。寝込んでる場合じゃないのに。また迷惑をかけてしまった。

    学生のとき、見知らぬ学生が交通事故で亡くなったというニュースを夕方にTVで見て、泣いて泣いて夕食時も泣いて一晩中泣き明かして翌朝目が腫れて、友達に大丈夫?何かあったの?って心配をされる。心配をかけてしまう。

    また後日、幼い女の子が事故で亡くなったという記事を新聞で読んだ。つらくてまた泣いて、泣き明かして、夕方から朝まで、12時間以上泣き明かす。その子の写真は今でもはっきりと思いだす、忘れられない。翌朝目が腫れ、また学校でみんなに心配をかけてしまった。
    誰もいないところに呼び出されて、誰にも言わないから言ってみ?とか。みんな優しくて。

    そういうことが何度もあり、わたし自身が何かあったわけじゃないのに、みんなに心配をかけるのが心苦しくて、高校のときに一切のニュースを見るのをやめた。
    新聞も、ネットのニュースも。
    SNSも誘われてもやらなかった。

    最近知った、そういう人は「バウンダリー」がないのだという。
    バウンダリーがあれば、必要以上につらい悲しいニュースをまるで自分に起きたことのように感じたり、ダメージを受けすぎないと。

    4年前に作品を載せるのにTwitterを知人に勧められ、その知人が開設してくれて、おかげで世界が広がったが、つらいニュースは回避する対策をとっていてもやはり目に入ってしまう。特に最近は、ショックで寝込むことがまだある。知りたいことはたくさんあるのに。

    ますますバウンダリーについて学びたいと、先日知人におすすめしてもらった本を翌日購入し、読んだ。

    バウンダリーを身につけるにはまず一番最初にやるべきことがわかりやすく書かれていた。
    これが一番難しくて、なかなか出来ない。

    何があっても「自分が悪い」「自分のせいで」と思ってしまう。
    また今までを思い出し、読み進めるのは本当につらく、苦しかった。

    自分が小学3年生から、目の見えない、重度の心臓病の祖母と同居、看病、介護、中学1年の時からつい数年前まで心臓を患った母親の看病をしていた。ヤングケアラーであることも原因のようだ。

    しかし主な要因は育った環境だと思う。

    幼い頃から、地震が起きるたび、親から私が悪い人間だから地震が起きたんだと言われた。

    政治が荒れると、お前が極悪人だからこんなことになるんだ、早く改心して言うことを聞けと。
    全部言うことを聞いていたのに。

    今も周りに何かがおきると、自分のせいなのではないかと思ってしまう。

    昔友達に言われた、
    「殺人を犯したわけでもないのに、極悪人ってなに?どこが悪い人間なの?」って。
    本当にそう。

    家族を殴ったことのない自分
    家族3人に殴られていた自分

    毎日ろくに眠れない中でいつの間にか自分が極悪人だと、家族に迷惑をかける大罪を毎日犯していると。
    でも「極悪人」として、育てられた私にはわからない。客観視できない。
    今自分が視えている世界から抜け出せない。

    実家から出たとき、新しく出会う人たちがわたしを人間扱いしてくれるたびに感動した。感謝した。戸惑いも大きかった。一人の人間として尊重されるのが。

    だけど、だんだんわたしへの態度が変わり、今までと同じようになってしまう。みんな優しいけれど、よい感情は持たれていないと思う。
    バウンダリーを身につけるには並大抵のことじゃないけど、身につけたい。
    人との適切な距離感がわからないから、困らせてしまう。
    お互いが心地よくいられるような関係性を築きたい。

    ニュースに対しても、世の中の出来事や身の回りのことにも、友人、知人、大事な人たち、初対面の方、全ての他者に対して、本来の距離感を保ち、変に気遣うのではなく、他者を尊重し、侵害しない・されない、バウンダリーを身につけていきたい。




     
     

    斌

     
     
    あきらと申します。東京都在住の詩人・歌人。 以前のアカウント消してしまいましたakirakogikuの新アカウントです。 今は回復の途中。

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