
ちらし寿司の日…隠して食べた、岡山ばらずしの話(№58)
今日、6月27日は、かつて倹約令のなかで生まれた人々の知恵に由来する「ちらし寿司の日」です。同じ一皿でも、関西の「ばら寿司」と江戸前の「ちらし寿司」、呼び名ひとつで頭に浮かぶ景色は少し違いますよね。
今回は、我が家の食卓に並ぶ「刺身の端材」から始まる折衷寿司の日常から、江戸時代の岡山の人々が寿司桶に忍ばせた、ちょっと痛快でたくましい遊び心について綴りました。
週末のひととき、一口ごとに小さな発見があるお寿司を囲むように、のんびりと読み進めていただければ幸いです。
今日は2026年6月27日、土曜日。
「ちらし寿司の日」です。
同じ寿司でも、呼び名ひとつで、頭に浮かぶ景色がずいぶん違います。
江戸前の「ちらし寿司」といえば、白い酢飯の上に、まぐろや海老、穴子、玉子などを美しく並べたもの。鮮やかな魚介を、寿司屋の仕事らしく一面に散らした姿を思い浮かべます。
これに対して関西では、細かく切った具材を酢飯に混ぜ込む「ばら寿司」や「五目寿司」が親しまれてきました。椎茸、にんじん、高野豆腐、かんぴょう、穴子。煮含めた具材の味が酢飯に移り、一口ごとに少しずつ表情が変わる。生魚を主役にする江戸前とは、同じ「ちらし寿司」の仲間でも、性格が少し違います。
もちろん、呼び名と作り方の境目は、店や地域、そして家庭によって案外ゆるやかです。関東にも「ばらちらし」の名があり、関西のばら寿司にも錦糸卵や海老を上に飾る家がある。きっぱり二つに分けられないからこそ、それぞれの家の寿司に、その家らしさが残るのでしょう。
我が家の「折衷ちらし寿司」
私は関西の出身なので、つい「ばら寿司」と言います。一方、十四代続く江戸っ子の家に生まれた妻にとっては「ちらし寿司」。娘ももちろん「ちらし寿司」です。
ただし、我が家で作るものは、どちらか一方にきっぱり寄るわけではありません。
近所のスーパーには、ときどき「刺身の端材」のような盛り合わせが少し手頃な値段で出ます。それを見つけると、今日は寿司にしようか、という話になる。
酢蓮、椎茸・にんじん・薄揚げの煮物を、まず酢飯に混ぜる。刺身には少し醤油をからめ、錦糸卵、細切りの絹さや、紅生姜、もみ海苔を上にあしらう。酢蓮の歯ざわり、甘く煮た椎茸、刺身の旨味が一皿のなかで出会うと、端材の盛り合わせは急に晴れの日の顔になる。
関西風の混ぜご飯の上に、江戸前風の魚介を重ねる。名づければ「我が家のばら寿司」、あるいは「折衷ちらし寿司」です。端材といっても、味まで端材ではありません。むしろ何種類かの魚が混じるので、一口ごとに小さな発見があります。
妻が「今日はちらし寿司ね」と言い、私が「ばら寿司ね」と返しても、そこに争いはありません。酢飯の香りが立ち、具材を並べ始めれば、呼び名の違いはすぐに忘れてしまいます。大事なのは、家にあるものを使って、皆で一皿を囲めることです。
役人の目を盗んだ「かくし寿司」の知恵
この料理にまつわる、いかにも人間くさい話が岡山に残っています。
江戸時代、備前岡山を治めた池田光政が質素倹約を奨励し、「一汁一菜」の食事を求めた。そんな背景から、庶民は「魚や野菜をいくら使っても、寿司という一皿なら一菜だ」と考え、海の幸、山の幸を酢飯に混ぜ込んだ──。岡山ばらずしの由来として、そう伝えられてきました。
さらに、豪華な具材を役人の目から隠すため、器の底に具を敷き、その上を酢飯で覆ったという話もあります。食べる直前にひっくり返せば、下から色とりどりの具が現れる。
「かくし寿司」あるいは「返し寿司」と呼ばれる、少し痛快な食の知恵です。
本当に役人が来るたび、そこまでしていたのか。細部まで史実として確かめられているわけではないのでしょう。それでも、倹約の時代に、せめて祭りの日くらいは食卓を華やかにしたい、という人々の気持ちはよく伝わってきます。ばらずしが、祝い事や来客を迎える日のご馳走として受け継がれてきたことにも、深くうなずけます。
岡山のばらずしに春の欠かせない具材といえば、鰆です。
魚へんに春と書くその名の通り、鰆は春、産卵のため瀬戸内海へ入ってきます。岡山では、とくに五月ごろの鰆を真子や白子とともに味わう文化があり、ばらずしにも酢締めの鰆が使われます。
一般には西京焼きなど、火を通して食べる印象の強い魚です。しかし、鮮度のよい鰆が手に入る岡山では、刺身もまた特別な存在です。やわらかな身には上品な脂があり、口に入れると、とろりとほどける。春のばらずしが、ただの「具だくさんな混ぜご飯」ではなく、待ち遠しいご馳走になる理由がそこにあります。
少し皮肉で、粋な巡り合わせ
6月27日が「ちらし寿司の日」とされたのは、ばらずしの由来に結びつけて語られる池田光政の命日にあたるからです。2004年、株式会社あじかんが、「夏を前に山の幸と海の幸をたっぷり使ったちらし寿司を食べ、元気になってほしい」という思いで制定しました。
倹約を求めた藩主の命日が、具だくさんの寿司を味わう記念日になる。少し皮肉で、なかなか粋な巡り合わせです。
江戸時代の人々は、決まりのなかで、食卓を豊かにする知恵を働かせました。現代の私たちは、スーパーの刺身の端材を前にして、さて何を組み合わせようかと考える。
酢のさっぱり感、魚の旨味、煮物の甘み、卵のやわらかさ。少しの工夫で、いつもの食卓は十分に晴れやかになります。
今週末は、岡山の人々が寿司桶に忍ばせた遊び心を少しだけ借りて、我が家のばら寿司を作ろうと思います。歴史のたくましさと、家族それぞれの「ちらし寿司」を、同じ皿の上で味わいながら。