
教員人生30年目になりました。
自分の立ち位置を、振り替える機会も増えました。
今年は昨年から担任をしている1年生を持ち上がり、高2担任として新年度を迎えています。
日本史選択と世界史選択で構成されたクラスなのですが、担任の私が世界史、副担任をいつも良くしてもらっている若手の日本史の先生が担ってくれることになりました。
副担が同じ地歴科というのは、はじめてかもしれません。
ありがたいですね。
若くて何でも出来る生徒思いの先生なので、彼が担任、私が副担任でもいいくらいです(笑)。
ありがたいですね。
これまで担任をしていない年はどなたかの副担任でしたし、担任をしているときはどなたかに副担任をしていただいていました。
ご一緒させて頂いた色々な先生方を覚えているのですが、ご一緒させて頂いた先生方の中でも、特に、記憶に残っているというか、教員として学ばせてもらったと考えている方が2人います。
一人は5年目、26歳の時に副担任をして頂いた、ベテランの女性の先生です。
私は当時、中学1年生の担任でした。
もう一人は25年目、46歳の時に副担任をして頂いた、こちらもベテランの男性の先生です。
私は当時、高校1年生の担任でした。
26歳の時は、まだ初心者でしたので、とにかく助けてもらいました。年明けに私がダウンして一週間ほどクラスを見ていただいたこともありましたし、至らない点を、影で数えきれないほどたくさん支えて頂きました。
自分が他の先生の副担任をした年で、これまで一度もこの先生よりも十分に役目を果たしたと思ったことはありません。
あらためてふりかえると、まさに、恩師、ですね。
年度の終わりに、失敗ばかりでご迷惑をおかけしましたと言ったときに、はっきり覚えていないのですが、「先生は誰よりも心がまっすぐで生徒思いです。それが生徒にちゃんと伝わっています。他の人には真似できない先生の財産ですよ」というようなことを言って下さいました。
その評価に少しも値すると思っていなかった私は、その評価に値する教員に近づこうと、これまで勤めてきたつもりです。
ありがたかったです。
自信や勇気をもらいましたね。
自分も若手や生徒にとってそういう存在でありたいと思います。
2001年ですね。職員休憩室で朝、同時多発テロのニュースを見た記憶がある年です。
生徒とも、担任私とも、理想的な関わりかたをする方でした。
今の私は、恐らくあのときの先生の年齢や経験年数を越えましたが、何一つ、勝てるものがない気がします。
30年も続けてこられたのは、5年目に先生に副担任をしていただいたことが大きかったと思います。
あのときのクラスは、別のことでもよく覚えていて、昭和63年、昭和64年、平成元年が混在するクラス、学年でした。
今年小学校に入学した私の息子が、令和元年生まれなのですが、この学年も平成31年、令和元年、令和2年が混在する学年です。
要録などの書類作成で注意を払った記憶があります。
確か1月7日生まれまでが昭和64年で、1月8日以降が平成元年です。
46歳の時は、教員人生で5度目となる高校1年生担任でした。
仕事面では、服担任の先生に頼ることは減り、どちらかというと私が何でもやってしまう担任で、あまり迷惑をかけなかったと思います。
驚いたのは、この先生のお話の面白さと、それを支えている経験の豊富さや学問の深さです。
30代や40代で英国に留学されたり、大学院で修士号をとったり、教育学にも造形が深く、私から見ても生徒から見ても、学びの多い、素晴らしい先生でした。
その翌年の冬、先生はもう別のクラスの副担任になっていましたが、私が仕事でミスをし、落ち込んでいた時に、相談に行ったとき、1時間くらい時間を割いて、はじめて先生が英国に留学した際の写真や大学院で学んだ際の資料を見せてくれました。
自分のこれまでを振り返り、頑張ろうと言う気持ちをもらえたことを、覚えています。
その後、異動で別の職場になってしまいましたが、何と今年度、その先生を私が昨年から勤めている勤務校に迎えることになりました。
縁というのは不思議なものですね。
「○○先生(私)がとてもいい学校だというので私も勤めたいと思いました」と言っていただきました。
ありがたいです。
「出逢いはとても不思議な時の贈り物ね」
とは、GLAYのラヴソング「エターナリー」の冒頭の歌詞ですが、普遍的な言葉だと思います。
出逢いはとても不思議な時の贈り物。
教員30年目となりました。
出会いや縁に感謝し、日々を一歩ずつ歩みながら、教育や子育てを、楽しみながらつとめて行きたいと思います。