
【子育てパパ&世界史教員の日常】 2月17日(火) 旧正月(春節)
高等学校で歴史総合と世界史探究を教えている、この春小学生になる年長組幼稚園児の子育てパパ、AKSです。
今日は旧正月(春節)ですね。
りくりゅうペアの演技に子どもも感動!
昨日、久しぶりに子どもが「絵の具をやりたい」(水彩画を描きたい)と言い出しました。出来た作品がこちらです。文字や算数と違いこちらは1年前からあまり成長していない?

実は昨日、16日、幼稚園で最後の三者面談がありました。
成長を評価されたのですが、ちょっと未熟な点も指摘されたのです。
そのことを気にして、絵を描きたくなったのかな。
勘ぐりすぎか。
【漢字検定8級挑戦か?】
いや、まだ、早いな。
漢字検定9級が終わったばかりなので、「しばらく漢字はやめよう」と言っていました。
ところが、「9級が終わったから、8級の漢字を書く」と言い出しました。
実は先月、まだ9級の読みが全然できていないのに、路線名や駅名を書こうとして8級の漢字にも手を出していたので、私から
「9級の検定があるから、8級の漢字は終わるまで書かないでおこう」
と話していたのです。
それを、ちゃんと覚えていました。
検定のために漢字をやっているわけではないので、私の指示と判断は間違っていたかもしれません。
一端に進学校と言われる高校で世界史を教えるようになり、3校目になりましたが、年々、研ぎ澄ましたように過去問で出たところばかり扱うようになり、出ないところは切り捨てるようになってしまいました。
これではいけないな、と思っていて、転換点にいるのかもしれません。
受験のために世界史を学ぶのではなく、自分の教養のために学ぶのです。
これもセネカの言葉にありましたね。
Non vitae sed scholae discimus.
https://la.wikisource.org/wiki/Epistulae_morales_ad_Lucilium/Liber_XVII_-_XVIII
40代や50代に自分が突き当たる壁に対する答えが、セネカの書簡集や著作の中にすでにある場合が多いことに、いつも驚かされます。
話が逸れたので戻します。
9級の漢字検定が終わったので、8級も解禁しました。
机に向かい、嬉しそうに書き始めました。
医
院 ○○医院前
安 戸塚安行
駅
央 中央線
横 横浜
屋 町屋
根
岸 根岸線
運
転 運転手
乗
員 乗務員
客
宮 上総一ノ宮
橋 浅草橋
農
業 鹿浜都市農業公園
銀 銀座
区
急 区間急行
第
港 空港第二ターミナルビル
向 東向島
庫 ○○車庫
住 北千住
宿 新宿
所 上所
鉄
速 高速鉄道、快速
皿 皿沼循環
守 守谷
取 取手
終 終電
湯
島 湯島
坂 米坂線
品 品川
動 動力車
柱 八柱
役 市役所
都 都営
発
着 発着
列 列車
和 和戸
路 路線図
これだけ読み書きできるなら、8級もいけるのではないか。
そんな気が、静かにしてきました。
子どもは、「やるべきこと」よりも、「やりたい」と思えるものに出会ったとき、ぐっと伸びるのだと思います。
漢字の向こうに、今日も小さな鉄道が走っています。
【セネカの言葉】
昨日の記事でも取り上げましたが、最近セネカを読み返しているので、印象に残った言葉を紹介してみようと思います。
今回はこれ。
In quam angusto quodam quot gradus posuit!
なんと狭い短い区間の中に、これほど多くの段階を置いたことか!
『ルキリウス宛倫理書簡』49.3
セネカは、『ルキリウス宛倫理書簡』のこの部分で、人生はとても短いと言います。
『人生の短さについて』では、本当は十分に与えられているのに、人間自身がそれを短くしてしまっているとも説いています。
ただ、『ルキリウス宛倫理書簡』は、『人生の短さについて』よりも、年老いてから書いています。
この時点で死を予感していたという研究者もいますが、結果的にはこの翌年に、皇帝ネロに自殺を命じられて死を選びます。
アテナイは民主政(衆愚政治)、ローマは帝政ですが、国家権力に命じられて死を選んだ点は、ソクラテスとセネカは似ています。
私も、若い頃はセネカをラテン語の教科書だと思っていましたが、50代になり、若い頃にはなんとも思わなかった『ルキリウス宛倫理書簡』の一文一文が、ずっしりと身にしみて響いてくるようになりました。
Punctum est quod vivimus et adhuc puncto minus; sed et hoc minimum specie quadam longioris spatii natura derisit: aliud ex hoc infantiam fecit, aliud pueritiam, aliud adulescentiam, aliud inclinationem quandam ab adulescentia ad senectutem, aliud ipsam senectutem. In quam angusto quodam quot gradus posuit!
私たちの生きる時間は点のように短く、しかもその点よりもさらに短いのだ。 ところが自然は、このごくわずかな時間を、あたかももっと長い期間であるかのような外観によって私たちを欺いている。そしてこのわずかな期間から、乳児期を、幼年期を、青年期を、青年期から老年期へ傾く中間期を、そして老年そのものを区別して作り出したのである。 なんと狭い短い区間の中に、これほど多くの段階を置いたことか!
とても深いですね。
文字通り短いとも受け取れますし、過ぎ去ってしまった過去を嘆いているようにも読み取れます。
バス路線によく出てくる「循環」を書きたいというので、ドラえもん漢字時点で調べたところ、載っていません。
インターネットで調べると、「循」は準二級、「環」は4級の漢字です。
まだいいよ。
と思いましたが、本人が書きたいというので、教えてあげることにしました。
「循」
彳
厂
十
目
ですね。
「環」
王 罒 一 ■
*■の部首名が分からないので、「遠」の下の部分、と伝えました。
Non scholae sed vitae discimus.
明日は、自分の教材研究の時間も取れそうです。
自分をアップデートして、新年度の歴史と世界史の授業の計画を、立てたいと思います。