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第63講 アルプス以北のペヌロッパの再線ず近代文化

    63-1 神聖ロヌマ垝囜の再線ず北欧・東欧の動き


    神聖ロヌマ垝囜の再線

    神聖ロヌマ垝囜では、1438幎からオヌストリアの1: ハプスブルク家が垝䜍を䞖襲したが、囜内には独立囜に近い諞䟯領や郜垂が倧小300䜙の2: 領邊ずしお分立した。

    ゚ルベ川以東では、12䞖玀から14䞖玀にかけおすすんだ3: 東方怍民によっお、4: ブランデンブルク蟺境䌯領1134-1701や5: ドむツ階士団領など、新しい領邊が生たれた。

    東方怍民ず䞊行し、北ドむツ諞郜垂を䞭心ずする6: ハンザ同盟が各地に商通を構えバルト海亀易を独占した。

    垝囜南郚に䜍眮する7: スむスでは、13䞖玀埌半からハプスブルク家の支配に察しお戊いが挑たれ、16䞖玀初頭には13自治州からなる連邊共和囜が誕生した。

    ラむン川河口に䜍眮する8: ネヌデルラント䜎地諞州は、集玄蟲業を基盀に商工業郜垂が成長し、西欧経枈の䞭心ずしお栄えた。

    12䞖玀以降北郚珟オランダの湿地で干拓が進み集玄蟲業が展開され、南郚珟ベルギヌフランドル地方ではブルッヘ9: ブリュヌゞュ、ヘント10: ガンなどの諞郜垂でむングランド産の矊毛を原料ずする毛織物工業が発展、16䞖玀には11: アントりェルペンが亀易・金融の䞭心ずなった。

    癟幎戊争のさなか、フランス東郚の倧諞䟯ブルゎヌニュ公がフランドルを領有し、フランス王暩をしのぐ皋の独立勢力を圢成した。

    15䞖玀埌半ブルゎヌニュ公家が断絶するず、フランドルを含むネヌデルラント17州は公女マリヌに盞続された。マリヌはハプスブルク家の神聖ロヌマ皇垝12: マクシミリアン1䞖に嫁ぎ、ネヌデルラント17州はハプスブルク家領ずしお倫劻の子フィリップ、孫カヌル5䞖ぞず盞続された。北郚7州は1581幎ネヌデルラント連邊共和囜オランダずしお独立。

    スむスずネヌデルラント北郚7州オランダは、1648幎りェストファリア条玄で正匏に独立が認められた。

    北欧䞉囜の連合


    1397幎デンマヌク女王13: マルグレヌテが、ドむツ階士団の東方進出東方怍民やハンザ同盟のバルト海亀易独占に察抗するため14: カルマル同盟を結び、スりェヌデン、ノルりェヌ、デンマヌクのノルマン系䞉囜による同君連合15: デンマヌク連合王囜が成立した。

    デンマヌクの王女マルグレヌテはノルりェヌに嫁ぎ、倫の死埌、事実䞊䞡囜の女王ずなった。逊子に迎えたスりェヌデン王子16: ゚リクを䞉囜の共同君䞻ずするカルマル同盟を結び、摂政ずしお実暩を握った。

    カルマル同盟はデンマヌクの䞻導に反発したスりェヌデンが1523幎に離脱するたで続いた。

    ポヌランドリトアニア連合


    ポヌランド王囜は、ドむツ階士団の東方進出東方怍民に察抗するため、14䞖玀末リトアニアず連合王囜を圢成した。

    13䞖玀にモンゎルの䟵入を受け荒廃したポヌランド王囜は、14侖简17: カゞミェシュ倧王倧王、1333-1370が即䜍しクラクフ倧孊を創蚭、最盛期をもたらした。

    14䞖玀末、ポヌランド王女ずリトアニア倧公ダゲノォが結婚し、18: ポヌランドリトアニア連合が成立、リトアニアはロヌマカトリックを受容した。新王朝は19: ダゲノォ朝ずよばれる。

    ポヌランドリトアニア同君連合は、16䞖玀以降圢成された蟲堎領䞻制のもずで領䞻貎族の力が匷たり、1572幎にダゲノォ朝が断絶するず、倧蟲堎領䞻であり20: シュラフタずよばれる倧貎族局が議䌚21: セむムで王を遞出する22: 遞挙王政がはじたった。

    遞挙王政によっお領䞻貎族が匷倧化し王暩は匱たり、倖囜の干枉を招き、18䞖玀末ポヌランド分割を招いた。


    語句リスト

    1. ハプスブルク

    2. 領邩

    3. 東方怍民

    4. ブランデンブルク

    5. ドむツ階士団

    6. ハンザ同盟

    7. スむス

    8. ネヌデルラント

    9. ブリュヌゞュ

    10. ガン

    11. アントりェルペン

    12. マクシミリアン1侖

    13. マルグレヌテ

    14. カルマル同盟

    15. デンマヌク連合王囜

    16. ゚リク

    17. カゞミェシュ倧王

    18. ポヌランドリトアニア連合

    19. ダゲノォ朝

    20. シュラフタ

    21. セむム

    22. 遞挙王政


    63-2 北方ルネサンス


    むタリアルネサンスず䞊行しおおこった、アルプス以北の新しい文化創造の動きを1: 北方ルネサンスず総称する。亀易ず毛織物工業がもたらした経枈の繁栄を苗床に、15䞖玀以降フランドル地方を䞭心ずしたネヌデルラント17州䞀垯ではじたり、呚蟺諞囜に広がった。

    ネヌデルラントのルネサンス

    • 2: ファンアむク兄匟は3: 油絵画法を完成し、粟緻な写実を特城ずするフランドル画掟の基瀎をきずいた。匟ダンファンアむク1380頃1441Jan van Eyckはブルゎヌニュ公囜に宮廷画家ずしお仕えヘントに代衚䜜『ヘントの祭壇画』を描いた。

    • 16䞖玀フランドルで掻躍した4: ブリュヌゲル1528頃1569は、颚景画や寓意画を埗意ずした。代衚䜜はフランドルの民衆生掻を生き生きず描いた「5: 蟲民の螊り」。

    • ロッテルダムオランダ出身の人文䞻矩者6: ゚ラスムスは、『7: 愚神瀌賛』で教䌚や䞭䞖瀟䌚を颚刺した。同時代においおペヌロッパを代衚する最高の人文䞻矩者ずしお高く評䟡された。ルタヌらの宗教改革に圱響を䞎えたが、宗教改革には同調せずに各掟の和解を説いた。

    ドむツ・ポヌランドのルネサンス

    • 1450幎頃、ドむツ人8: グヌテンベルクは9: 掻版印刷術を実甚化した。掻版印刷術は、10: 矅針盀・11: 火薬ず䞊んで䞉倧発明のひず぀に数えられ、情報革呜をもたらした。

    • ドむツ人画家・版画家12: デュヌラヌ1471-1528は、13: 四人の䜿埒などの䜜品で知られる。

    • ドむツ人画家14: ホルバむン1497-1543は、むングランドの宮廷画家ずなり、゚ラスムスやヘンリ䞖を描いた。代衚䜜「15: ゚ラスムス像」。

    • ポヌランド倩文孊者16: コペルニクス14731543は、『倩球回転論』を著し17: 地動説を唱えた。ポヌランドはカトリック信仰が根匷い囜で、カトリックの聖職者だった圌は生前自説を公衚しなかった。

    • ドむツ人18: ケプラヌ1571-1642はコペルニクス説を研究し、惑星運行の䞉法則を理論化した。

    語句リスト


    1: 北方ルネサンス
    2: ファンアむク兄匟
    3: 油絵画法
    4: ブリュヌゲル
    5: 蟲民の螊り
    6: ゚ラスムス
    7: 愚神瀌賛
    8: グヌテンベルク
    9: 掻版印刷術
    10: 矅針盀
    11: 火薬
    12: デュヌラヌ
    13: 四人の䜿埒
    14: ホルバむン
    15: ゚ラスムス像
    16: コペルニクス
    17: 地動説
    18: ケプラヌ


    63-3 ロシアの発展ず東西分業䜓制の確立


    ロシアの発展

    ロシア䞀垯はキプチャクハン囜の支配䞋にあったが、ノォルガ川支流の氎陞亀通の芁衝に䜍眮し発展した1: モスクワ倧公囜が、15䞖玀埌半2: むノァン䞖のもずで独立した。 圌は、最埌のビザンツ皇垝の姪ず結婚しお3: ツァヌリ皇垝を名のり、ビザンツ皇垝の埌継者を自任した。垝号「ツァヌリ」は、叀代ロヌマのカ゚サルに由来する称号で、東ロヌマ垝囜の滅亡1453幎埌、むノァン3䞖が最初にもちい、むノァン4䞖時代から正匏にロシア皇垝の称号ずなった。

    ビザンツ垝囜の滅亡埌、モスクワの教䌚は正教の䞭心であるず䞻匵し、4: ロシア正教が発展した。

    16䞖玀、モスクワ倧公囜は5: むノァン4䞖䜍1533-84のもずで東方に領土を広げ、「皇垝ツァヌリ」が統治する「ロシア垝囜」ぞず成長した。 むノァン4䞖は、倧貎族をおさえお䞭倮集暩化をすすめ、蟲民の移動を犁じお蟲奎制を匷化した。貎族に察する匟圧の激しさから「6: 雷垝」ず称された。
    正教の擁護者ずなったは、党ロシアの君䞻ずしお正匏にツァヌリの称号を甚いた。
    圌は東方に進みノォルガ川流域に進出し、9: コサックの銖長10: むェルマヌクを甚いお11: シベリアにも領土を広げた。

    ゞョチりルスキプチャクハン囜滅亡埌、その䞀掟がノォルガ川䞭流域に建おたモンゎル系囜家7: カザンハン囜は、毛皮亀易で栄えたが、むノァン4䞖に埁服され、ロシア人のノォルガ川流域進出がすすんだ。

    ノォルガ川䞋流域・カスピ海北岞に䜍眮した8: アストラハンハン囜は、䞭倮アゞアのりズベク人ブハラハン囜、ヒノァハン囜ずの毛皮亀易で栄えたが、1556幎、むノァン4䞖に埁服された。

    15䞖玀頃より、ロシアの圧政を逃れ南ロシア蟺境地垯に䜏み぀いた蟲民などを9: コサックず称する。狩猟・持劎・牧畜などを生業ずし、ずきに略奪も行った。ステンカラヌゞンやプガチョフの反乱でロシアの圧政に抵抗する䞀方、10: むェルマヌクが11: シベリア進出を䞻導するなど、䜓制の尖兵ずしおも利甚された。

    18䞖玀以降は囜家支配に組み蟌たれ、蟺境防備や革呜運動・劎働運動の匟圧においお䜓制のもっずも頌れる軍事力ずなった。

    12: ミハむルロマノフが䞭小の領䞻や商人たちの支持を埗お即䜍し、13: ロマノフ朝を開いた。この時代のロシアは、西欧ずの結び぀きは匱く、独自の䞖界を぀くっおいた。

    東西分業䜓制の確立


    14: 䟡栌革呜
    や15: 商業革呜により、西欧では工業補品が、東欧では穀物が生産され、盞互に茞出する分業䜓制が成立した。

    16䞖玀、人口増加により物䟡が䞊昇した14: 䟡栌革呜やペヌロッパ経枈の重心がむタリアを䞭心ずする地䞭海からラむン川䞋流域の倧西掋岞に移った15: 商業革呜により、ラむン川䞋流域やフランス北郚・ドむツ西郚・むングランドは工業地垯ずなり、西欧経枈の䞭心ずなった。

    黒死病の圱響があたり及ばず領䞻の地䜍が揺るがなかった゚ルベ川以東では、16䞖玀以降、茞出甚穀物を生産するため領䞻が蟲奎を䜿圹する倧芏暡な16: 蟲堎領䞻制が成立した。近代に新たに匷化された蟲奎制を17: 再版蟲奎制ずいう。蟲奎は換金䜜物を生産するため酷䜿された。

    語句リスト

    1: モスクワ倧公囜
    2: むノァン䞖
    3: ツァヌリ
    4: ロシア正教
    5: むノァン4侖
    6: 雷垝
    7: カザンハン囜
    8: アストラハンハン囜
    9: コサック
    10: むェルマヌク
    11: シベリア
    12: ミハむルロマノフ
    13: ロマノフ朝
    14: 䟡栌革呜
    15: 商業革呜
    16: 蟲堎領䞻制
    17: 再版蟲奎制

    【参考文献】

    • 山川出版瀟『詳説䞖界史』

    • 東京曞籍『䞖界史B』

    • 山川出版瀟『䞖界史甚語集』

     
     
    䞖界史を教えおいるAKSのnoteです。新期県燕䞉条地域出身。高等孊校地歎科教員。修士(教育孊)。この倏歳になった小孊䞀幎生息子の父芪。自分らしさを倧切にしながら、子育おず仕事を䞡立しおいきたいず思いたす。

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