
【信州暮らし30 /米とカレー】 2026.9.7 禾乃登
穀物の実りが目に見える季節である。長野の穀物といえば麦や蕎麦もあるが量的にはやはり米だろう。日照時間の長さや昼と夜の寒暖差、水の良さ、冷涼な気候のおかげで病害虫が少なく農薬使用量を抑えられることなどが、米づくりに良い影響を与えているという。2023年の長野県の県別収穫量は12位だが、10aあたりの収穫量は青森県と並んで1位である。生産効率の良さと品質管理の高さが窺える順位である。しかし米が良くても美味しいご飯は食べられない。北大路魯山人は「飯の炊けない料理人は一流の料理人ではない(『お米の話』)」として、炊き方が大切だと説く。魯山人には笑われるだろうが、今時は炊飯器のおかげで私でも簡単に美味しいご飯が炊けてしまう。さらに魯山人は「ライスカレーなんてものに使う米は、少しまずい米でないといけない。」と言っているのだが、「少しまずい米」とはどういう意味だろう。例えば「玄米」だと魯山人はいうが、「玄米は白米とは別な意味で非常にうまい。」とも書いているからよくわからない。想像するに、スパイスの効いたサラッとしたカレーには、玄米の持つしっかりとした歯ごたえや香ばしさが合うと言うことなのだろうか。魯山人には申し訳ないが、修行の足りない私はオーソドックスに炊飯器で少し硬めに炊いた白米がいい。演歌の文句をもじるなら「カレーは硬めの飯がいい お肉は切り落としの牛でいい🎵🎵」ということになる。日本のカレーには小麦粉が入っていてとろみがあるのが特徴だが、これはイギリス式だという。新宿中村屋のカレーに小麦粉が入っていないのはインド式のカレーに拘ったからで、イギリスとインドの外交的対立まで絡んだカレー誕生の話は有名だ。小麦粉の有無はさておき、カレーライスは日本で大発展をして日本料理になった。派生料理には、カツカレー、カレーパン、うどん屋やそば屋にある出汁風味のカレーうどんにカレーそば、果てはカレーパスタ、カレー炒飯、食品メーカーのHPを見るとカレーパエリア、カレー三色そぼろ丼、カレーいなりなどがあり、バラエティーに富んでいる。異種格闘技を見るようなラインナップはいかにも日本らしい。それでもシンプルなカレーライスの国民食としての地位は揺るがない。
佐久に行った時に立ち寄る蕎麦屋では地元の果物や米も売っているのだが、ここの米が安くて美味しい。もちろん長野産のコシヒカリである。蕎麦屋で米を売るとはと思ったが、おそらくご飯もののメニューために仕入れているのだろう。この米を使ったカレーを家内が作ってくれた。肉は信州牛の切り落とし。野菜はタマネギ、マッシュルーム、マイタケをたっぷり入れ、付け合わせのサラダは、レタスとブロッコリー。野菜とキノコは近くの農家直売所で買ったものである。ルーは長野産とはいかないが、ツルヤ御代田店で買ったH食品の最高級のコクと香りThe CurryとS食品の贅沢なコクの深さThe Dinner Curryフォンド・ボウを混ぜて使う。これで最高級に贅沢なコクの深さと香りをもつカレーができる。炊飯器の蓋を開けると熱い湯気が立つ。炊き立てのやや硬めのご飯をお皿にふんわりと入れる。その上に皿全体の面積の半分強に具沢山のカレーをかける。スプーンで掬って食べる。美味しい。魯山人は「元来米というものはうまいものである。うまいものの極致は米なのである。」と言っているから、魯山人流に考えれば信州のうまい米を食べるために信州の肉や野菜、キノコの入ったカレーをかけていることになる。まあ小難しい理屈は別にして、うまい米とうまいカレーのマリアージュが日本人に口福をもたらしたことだけは間違いない。