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【社会心理】「生きづらい」という人は、どうすれば救われるのだろうか?


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    「生きづらいんです」

    そう打ち明けられたとき、私たちは何と答えるだろう。

    「環境を変えてみたら?」

    「もっと自分に合った仕事を探したら?」

    「無理して周囲に合わせなくていいんだよ」

    どれも間違ってはいない。

    しかし、その助言で本当に問題は解決するのだろうか。

    そもそも、私たちは相手の何を解決しようとしているのだろう。

    1.「生きづらさ」は病名ではない

    同じ「生きづらい」という言葉でも、その中身は人によって異なる。

    人間関係が苦手な人。

    働き続けると心身が疲弊する人。

    経済的な不安を抱えている人。

    家庭に居場所がない人。

    これらを一括りにしてよいのだろうか。

    人間関係に困っている人に経済的援助をしても、それだけで解決するとは限らない。

    反対に、生活費が足りない人に自己肯定感を高める助言をしても、翌月の家賃は支払えない。

    困っている理由が違えば、必要な支援も違う。

    当たり前のことだが、この当たり前を忘れると、助言は簡単に空回りする。

    2.本人を変えるのか、環境を変えるのか

    社会福祉や障害者支援では、本人の能力だけでなく、環境との関係を考える。

    例えば、騒がしい職場では集中できない人がいる。

    集中力を鍛える方法もあるだろう。

    しかし、静かな場所で作業できるようにするだけで、問題が改善する場合もある。

    本人の能力が突然高まったわけではない。環境が変わったのである。

    一方、環境調整だけでは解決しない困難もある。

    技術の習得、相談相手、医療的支援などが必要かもしれない。

    重要なのは、本人か環境かという二者択一ではない。

    本人と環境の間で、何が問題を生じさせているのか。

    そこを見なければ、適切な支援は考えられない。

    3.成功体験は、誰を救うのか

    ある人が仕事を辞め、生活環境を変えたところ、穏やかに暮らせるようになった。

    それは貴重な経験であり、誰かの希望にもなるだろう。

    しかし、同じ選択が他人にも通用するとは限らない。

    経済的な事情で仕事を辞められない人もいる。

    家族と暮らすことで安心する人もいれば、家族から離れることで安心する人もいる。

    「私はこれで救われました」

    その言葉は尊重したい。

    しかし、

    「だから、あなたも同じようにすれば救われます」

    となれば話は別だ。

    ここで厄介なのがSNSである。

    SNSでは、極端で断定的な主張ほど注目を集めやすい。

    「人によって事情は異なります。適切な方法を検討しましょう」

    そんな説明より、

    「生きづらい人は、こうすれば幸せになれる!」

    と言い切った方が分かりやすい。

    共感と反論が集まり、話題が広がることもある。

    しかし、注目されたことと、その主張が正しいことは別問題だ。

    一人の成功体験から導き出された人生の処方箋。

    何千人に読まれようと、検証された法則にはならない。

    4.救われるとは、何だろう

    苦痛がなくなること。

    安定した収入を得ること。

    安心できる人間関係を持つこと。

    自分の意思で生活を選べること。

    何を優先するかは人によって違う。

    収入が減っても穏やかな生活を望む人もいれば、多少の負担があっても働き続けたい人もいる。

    支援する側が「この方が幸せだろう」と判断しても、本人がそう考えるとは限らない。

    他人の幸福を、こちらが勝手に決めてよいのだろうか。

    困っている人を前にすると、私たちは答えを出したくなる。

    「こうすればいい」

    「この方法が一番だ」

    しかし、友情にしろ支援とは正解を与えることなのだろうか。

    仕事がつらい人なら、退職だけでなく、業務調整、配置転換、休職、転職、福祉制度の利用など、複数の選択肢が考えられる。

    手続きの援助や生活費の確保が必要な場合もある。

    選択肢が存在することと、本人が実際に選べることは違う。

    支援とは、本人が選択できる条件を整えることでもある。

    5.生きづらさをなくす社会は可能か

    誰もが快適に暮らせる社会は理想だが、人間にはさまざまな特性や価値観がある。

    ある人にとって快適な環境が、別の人には苦痛になることもある。

    生きづらさを完全になくすことは難しいかもしれない。

    それでも、困難を軽減することはできる。

    働き方を調整する。

    相談先を用意する。

    経済的支援につなぐ。

    失敗しても別の道を選び直せるようにする。

    一つの環境に適応できなかった人が、それだけで人生の選択肢を失わないこと。

    それが社会に求められる条件の一つではないだろうか。

    6.「こうすれば幸せになれる」と言う前に

    誰かの成功談に勇気づけられる人もいる。

    助言によって人生が好転することもあるだろう。

    しかし、他人の人生について語るなら、少し慎重になりたい。

    その人は何に困っているのか。

    何を望んでいるのか。

    どのような選択肢があるのか。

    そして、本人はどうしたいのか。

    「生きづらい人は、こうすれば幸せになれる」

    そう言い切るのは簡単だ。

    しかし、人間の人生はそこまで単純ではない。

    自分の人生で正解だったことが、他人の人生でも正解になるとは限らない。

    善意であっても、他人の生き方を決めつける理由にはならない。

    私たちが考えるべきなのは、誰かを自分の考える正解へ導くことではなく、その人が自分で人生を選べる条件なのかもしれない。

     
     
    鍼灸師、介護福祉士、看取り・ターミナルケアその他研修もろもろ 介護 機能訓練指導員の人が、MBTIや心理学、東洋医学、応用行動分析や東洋哲学などを書くnote 漫画も描いています。INTJ × 9w8 × sp/sx × デルタタイプ925 × holy(推定)

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