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「区別」と「差別」は何が違うのか?――生成AI論争から考える権利と不利益


    生成AIの普及によって、仕事が減った人がいるとする。

    その人が経済的な不利益を受けたことは、差別なのだろうか。

    また、その不利益を救済しないことは、差別を容認したことになるのだ。

    SNS上の生成AI論争では、「区別」と「差別」という言葉が使われることがある。

    しかし、区別と差別は何によって分かれるのだろう。

    前回は、中立を勢力均衡と同一視する論法について検証した。

    今回は、もう一つの問題である「区別と差別」を考えてみたい。

    先に結論を述べておこう。

    不利益が発生したことと、不当な差別が成立したことは、必ずしも同じではない。

    そして、差別の問題を考えるには、単に誰が損をしたかだけでなく、その不利益が発生した原因、取扱いの合理性、侵害された権利、是正すべき責任を区別する必要がある。

    ① 区別と差別は、何によって分かれるのか?

    まず、区別について考えよう。

    区別とは、異なるものを識別し、分類することである。

    例えば、大人と子供を区別する。

    そして、映画館などで大人料金と子供料金を設定する。

    このような取扱いの違いは、通常、不当な差別とは考えられていない。

    なぜだろうか。

    単に社会の多数派が当然だと思っているからだろうか。

    私は、それだけでは説明として不十分だと考える。

    料金を区分する目的、対象者の事情、価格設定の合理性などを踏まえて、その取扱いが正当化できると考えられているからではないだろうか。

    もちろん、社会的な価値観や慣習は判断に影響する。

    しかし、社会で当然とされることが、常に倫理的に正しいとは限らない。

    例えば、過去には女性が特定の職業に就くことを制限する制度や慣習が存在した。

    当時の社会でそれが当然と考えられていたとしても、その事実だけで正当化できるだろうか。

    できないはずである。

    社会的な慣習と、倫理的な正当性は同じではない。

    ここで重要なのは、区別したという事実だけで差別が成立するわけではない一方、社会的に容認されているという理由だけで差別が否定されるわけでもないことである。

    区別したことが問題なのではない。その区別を根拠として、どのような取扱いが行われ、それを正当化できるかが問題なのである。

    ② 社会の規範に従えば、差別ではないのか?

    区別と差別の違いは、倫理や道徳的な規範によって決まるという考え方がある。

    この指摘には、一理ある。

    法的に禁止されていなくても、倫理的に問題のある差別は存在する。

    逆に、異なる取扱いが合理的であり、社会的にも認められる場合がある。

    しかし、ここで一つ疑問が生じる。

    その倫理や道徳的な規範自体が間違っていた場合は、どうするのだろうか。

    例えば、ある社会で特定の集団を排除することが当然と考えられていたとする。

    その社会の規範に従っているから、差別ではない。

    こう結論づけてしまえば、差別的な慣習を批判することが難しくなる。

    そもそも、人権思想や差別解消の歴史には、それまで当然とされていた社会的な取扱いを批判し、変更してきた側面がある。

    したがって、倫理的な規範を判断基準にするのであれば、その規範がなぜ正当なのかも説明しなければならない。

    さらに、法律上の判断と倫理上の評価も区別する必要がある。

    ある行為が合法だからといって、倫理的に望ましいとは限らない。

    反対に、倫理的に問題があると感じた行為が、直ちに違法になるわけでもない。

    この違いを無視すると、倫理的な非難をそのまま法的な結論として扱うことになってしまう。

    ③ 不利益が生じたら、それは差別なのか?

    ここから生成AIの問題に入ろう。

    仮に、生成AIの普及によって、従来の仕事を失う人が出たとする。

    企業が生成AIを導入し、制作業務の一部を自動化した。

    その結果、外部の制作者に発注される仕事が減少した。

    この場合、仕事を失った人に経済的な損失が生じたことは事実である。

    しかし、その損失だけを根拠に、企業が制作者を差別したと結論づけられるだろうか。

    ここは慎重に考える必要がある。

    例えば、新しい飲食店が開業した結果、近隣の飲食店の売上が減ったとしよう。

    新しい店は顧客を獲得し、既存の店は売上を失った。

    では、新しい店は既存の店を差別したのだろうか。

    通常、そのようには考えない。

    競争によって利益が移動したことと、不当な差別的取扱いが行われたことは、別の問題だからである。

    もちろん、競争であれば何をしてもよいわけではない。

    例えば、競争相手の事業活動を不当に妨害したり、違法な方法で排除したりすれば、独占禁止法などの問題が生じ得る。

    ここでも、何が行われたのかが重要になる。

    生成AIでも同様である。

    仕事が減ったことは、雇用政策や産業政策として検討すべき重要な問題である。

    しかし、その不利益を直ちに「差別」と呼んでしまえば、かえって問題の性質が分かりにくくなる。

    損害の発生は、救済の必要性を検討する重要な事実である。しかし、損害の発生だけで差別の成立が証明されるわけではない。

    ④ 著作権侵害と、経済的損失を混同してはいけない

    生成AIをめぐる議論では、もう一つ重要な問題がある。

    著作権である。

    例えば、ある著作物が権利者の許諾なく利用されたとしよう。

    その利用が著作権法上認められる範囲を超えていれば、著作権侵害が成立する可能性がある。

    ここで問題になるのは、著作物の利用行為と著作権の関係である。

    一方、生成AIによって競争が激しくなり、従来の制作者の売上が減少する場合もある。

    こちらは、著作権侵害とは別の問題である。

    もちろん、両方が同時に発生する可能性もある。

    しかし、発生する可能性があるからといって、最初から同じ問題として扱ってよいわけではない。

    文化庁は2024年3月、「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめた。

    そこでは、AI開発・学習段階と生成・利用段階を区別し、著作権法の適用について整理している。

    著作権法第30条の4に基づいて認められる利用もあれば、同条の適用が認められず、権利侵害が問題となる場合もある。

    つまり、生成AIによる著作物の利用が、すべて合法というわけでも、すべて違法というわけでもない。

    個別の利用行為と法的な要件を検討する必要がある。

    この問題を考えるとき、少なくとも次の三つは区別したい。

    • 市場競争によって生じた経済的損失

    • 著作権など、法的に保護された権利の侵害

    • 法律上の侵害とは別に検討される倫理的・社会的な問題

    これらは相互に関係する。

    しかし、同一のものではない。

    著作権侵害が成立するなら、その侵害に応じた救済を検討する必要がある。

    仕事が減少したのであれば、雇用や産業の転換を支援する政策が必要になる場合もある。

    そして倫理的な問題が存在するなら、社会的な議論が必要だろう。

    問題の種類が違えば、必要な解決策も違うのである。

    ⑤ 不利益を放置することは、差別になるのか?

    ここが今回、最も検討したい論点である。

    ある集団Aの行動によって、別の集団Bが不利益を受けた。

    その不利益を放置した場合、すでに差別が成立している。

    このような論法を考えてみよう。

    まず、Aの行動によってBに不利益が発生したという事実を仮定すること自体は可能である。

    しかし、ここから直ちに差別が成立するという結論は導けない。

    なぜなら、判断に必要な条件がまだ示されていないからだ。

    第一に、どのような不利益が発生したのか。

    第二に、その不利益は何によって生じたのか。

    第三に、どのような権利や利益が保護されるべきなのか。

    第四に、誰が、どのような根拠に基づいて是正する責任を負うのか。

    これらを検討する必要がある。

    ただし、ここで注意したい。

    不利益を放置することが、差別になり得ないと言っているのではない。

    例えば、障害者差別解消法では、不当な差別的取扱いの禁止だけでなく、合理的配慮の提供も重要な要素となっている。

    内閣府の説明でも、必要かつ合理的な配慮を行わないことで障害者の権利利益が侵害される場合には、差別に当たるとされている。

    つまり、何もしないことが、法的な差別に当たる場合は実際に存在する。

    ここが重要である。

    なぜ差別に当たるのか。

    それは、対象となる権利利益、社会的障壁、合理的配慮の必要性、負担の程度などを踏まえ、法律が一定の義務を定めているからである。

    単に誰かが不利益を受けたからではない。

    もちろん、差別という概念は法律に限られない。

    制度がまだ整備されていない領域でも、構造的な不平等や差別的な慣習を倫理的に問題にすることはできる。

    しかし、その場合でも、なぜ不当なのかという説明が必要である。

    不利益の放置が差別になる場合はある。しかし、不利益の放置がすべて差別になるわけではない。

    この二つを混同してはいけない。

    ⑥ 被害の回復を求めれば、常に正当なのか?

    もう一つ、検討しておきたい問題がある。

    不利益を受けた集団が、その回復を求めることは当然あり得る。

    その要求には、正当な根拠がある場合もあるだろう。

    しかし、救済を求める側の要求が、すべて無条件に正当化されるわけではない。

    例えば、ある生成AIの利用によって著作権侵害が生じた場合、その侵害行為に対して適切な救済を求めることはできる。

    しかし、そこから生成AIを利用しているすべての人の活動を禁止すべきだという結論が、当然に導かれるわけではない。

    反対に、生成AIを利用する人が経済的な利益を得ているからといって、その利益を守るために他者の権利侵害を放置してよいわけでもない。

    どちらの側であっても、主張の根拠を検証する必要がある。

    ここで、救済措置そのものの正当性が問題になる。

    何を回復するのか。

    誰が負担するのか。

    どのような手段を用いるのか。

    その手段は、目的に対して必要かつ相当なものなのか。

    そして、その救済によって別の権利侵害が生じないか。

    これらを検討せず、被害を受けた側だから正しい、利益を得た側だから間違っていると決めることはできない。

    生成AIの推進派と反対派という二つの集団を作り、一方の利益が増えたことを、他方への差別の証拠とする論法には注意が必要である。

    ここには、経済的な利益の移動と、倫理的・法的な不当性を同一視する危険がある。

    もちろん、経済的な力の格差が不公正な取扱いを生む場合もある。

    だからこそ、利益の大小ではなく、その利益がどのような仕組みで生じ、誰の権利をどのように制約しているのかを検証しなければならない。

    不利益を受けたことは、問題を提起する理由になる。しかし、それだけであらゆる救済要求が正当化されるわけではない。

    ⑦ 結論――「差別」という言葉を、結論の代わりにしてはいけない

    ここまで、区別と差別の違いを考えてきた。

    区別とは、対象を識別し分類することである。

    差別には、その区別を根拠とする不当な取扱いだけでなく、制度や慣習によって不利益が固定される問題も含まれ得る。

    しかし、不利益が発生したからといって、それだけで差別の存在が証明されるわけではない。

    経済的な損失と、権利侵害も同じではない。

    また、救済する責任の存在と、救済の具体的な方法の妥当性も区別する必要がある。

    生成AI論争において、本当に検証すべきなのは何だろうか。

    それは、誰が推進派で、誰が反対派なのかという所属ではない。

    どのような行為が行われたのか。

    どのような不利益が発生したのか。

    何が法的に保護され、何が倫理的に問題なのか。

    そして、その問題に対して、どのような制度や救済措置が必要なのか。

    これらを明確にすることである。

    「差別だ」と主張すること自体は自由である。

    しかし、その言葉を使っただけで、差別の成立が証明されるわけではない。

    同様に、「単なる区別だ」と説明することによって、差別の可能性が消えるわけでもない。

    いずれも、説明と検証が必要なのである。

    前回は、中立を名乗るだけでは判断の公正性が保証されないことを論じた。

    今回は、差別という言葉を用いるだけでは、行為の不当性が証明されないことを考えた。

    この二つには、共通する問題がある。

    自分の立場や評価を、論証の代わりにしてしまうことである。

    生成AIの推進派であれ、反対派であれ、主張の正しさは、その主張をした人の所属によって決まるものではない。

    そして最後に、今回の結論を一つの文章にまとめておきたい。

    不利益は検証すべき事実であり、差別は根拠を示して判断すべき問題である。

    その二つを「だから」という一言で結びつけてはならない。


    参考資料

    ※本稿は、生成AIをめぐる議論に見られる区別・差別・権利侵害の概念を検証するものであり、特定の個人の人格や思想を評価するものではありません。

     
     
    鍼灸師、介護福祉士、看取り・ターミナルケアその他研修もろもろ 介護 機能訓練指導員の人が、MBTIや心理学、東洋医学、応用行動分析や東洋哲学などを書くnote 漫画も描いています。INTJ × 9w8 × sp/sx × デルタタイプ925 × holy(推定)

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