
職場の雰囲気は誰がつくるのだろう
職場の雰囲気って誰がつくっているのでしょう。
管理職でしょうか。 ベテラン職員でしょうか。 それとも、そこで働く一人ひとりでしょうか。
ふと考えることがあります。
これまでいくつかの職場を経験してきました。
若い人たちが率先して明るく元気な雰囲気をつくっている職場もありましたし、年長者が落ち着いた空気をつくっている職場もありました。反対に、どこか競争意識の強い職場もありました。
どの職場にも良さと難しさがありましたが、その時々に順応しながらやってきたように思います。
巻き込まれたり、流されたりしないように、自分なりの指針を持つようになったのも、そうした経験があったからかもしれません。
教職という仕事には、その学校がどのような子どもを育てたいのか、どのような教育を目指すのかという共通の目標があります。
もちろん、それが思うように進まないこともあります。
それでも私は、授業づくりや教材研究、学級経営などに取り組みながら、自分の指導力を高めたいと思ってきました。
うまくいくこともあれば、思うようにいかないこともあります。
「こんなはずではなかった」と落ち込むこともありました。
でも、予想もしなかった手応えを感じることもありました。
その試行錯誤こそが、教員という仕事の面白さでもあったように思います。
この春、私は転勤をしました。
すると、これまでとはまったく異なる雰囲気の学校で働くことになりました。
地域性や価値観の違いなのか、これまで感じたことのない戸惑いを覚える場面が少しずつ増えていきました。
会議で意見を述べても受け止められないように感じたり、逆に責任だけを問われたりすることもありました。
最初は「そのうち慣れるだろう」と思っていました。
しかし、日を追うごとに職場の空気そのものが苦しく感じられるようになっていきました。
このままでは、自分の中にある教育への思いや情熱まで失ってしまうのではないか。
そんな不安を抱えるようになりました。
今振り返ると、一番つらかったのは
「授業は楽しいのに、職員室へ戻るのがつらい」
という状態だったように思います。
子どもたちと過ごす時間は好きでした。
授業も好きでした。
それなのに、職場へ戻ることに強いストレスを感じる自分がいました。
やがて、児童と保護者を巻き込むトラブルが起こりました。
その対応の中で、問題そのものよりも、それに向き合う姿勢に大きな違和感を抱くようになりました。
何とか穏便に収めようとすることと、問題から目を背けることは違うのではないか。
そんな思いが拭えませんでした。
そして、自分自身が限界を迎え、休職することになりました。
休職した今も、自分の代わりに仕事を引き受けてくださっている先生方への申し訳なさがあります。
子どもたちへの罪悪感も消えません。
それでも、もう一度あの職場で頑張ろうと思えない自分がいます。
世の中にはさまざまな価値観があります。
それらを個人の力で変えることは簡単ではありません。
頭では分かっています。
それでも、当事者になったときに感じた怖さや悔しさは、想像していた以上に大きなものでした。
そして、その感情に押しつぶされそうになった自分を、「弱かった」とは思いたくありません。
今はまだ答えが出ていません。
ただ一つ言えるのは、職場の雰囲気は決して誰か一人がつくるものではないということです。
そして、その空気の中で自分らしさや大切にしてきた価値観を守り続けることは、思っている以上に難しいことなのだと思います。
今は、自分が何に傷つき、何を大切にしてきたのかを静かに見つめ直す時間を過ごしています。