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「POPCONと刻んだ時間」⑰ZigZagとフレッシュサウンズコンテスト

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    ⑰ ZigZagとフレッシュサウンズコンテスト

    ZigZagでの思い出をもうひとつ挙げるなら、「フレッシュサウンズコンテスト」がある。
    僕はこのコンテスト自体、あまりよく知らなかった。

    フレッシュサウンズコンテスト(Fresh Sounds Contest)は、1977年から1990年代初頭にかけて、東京放送(TBSラジオ)と日本コカ・コーラの主催で開かれていたアマチュア歌手・バンドのコンテスト。略称はフレコン。

    当時、ヤマハ音楽振興会が主催していた「ヤマハポピュラーソングコンテスト」(ポプコン)→「TEENS' MUSIC FESTIVAL」(TMF)の運営に、TBSとはライバル関係に当たるニッポン放送が深く関わっていたことから、それに対抗すべく開催されていた。JRN地方基幹局(HBC、TBC、TBS、CBC、ABC、RCC、KBC(=KBCのみNRNのみ加盟)がそれぞれ担当)において開かれる地区大会の上位入賞者が、ブロック大会を経て全国大会に進出しグランプリを競った。 

    またポプコン→TMFの連動番組として『コッキーポップ』→『ぽっぷん王国』が存在したのに対抗して、本コンテストも『Sounds With Coke』という連動番組を持ち、山下達郎(1982年4月 - 1983年3月)やTM NETWORK(1989年4月 - 1991年3月)などがパーソナリティを務めていた。

    ポプコン同様に、1980年代においては“若手歌手・バンドの登龍門”とされ、このコンテストでの受賞をきっかけにメジャーデビューを果たしたアーティストは少なくない。

    Wikipediaより

    地区予選から始まって、ZigZagは全国大会出場まで駒を進めていた。
    詳しい経緯はあまり聞かされていなかったのか、僕の記憶から抜けてしまったのか、とにかく「津君の代わりに叩いてほしい」とZigZagに頼まれた。

    今思うと、もっと津君(ドラマー)と話しておけばよかったと思う。話したのかもしれない。けれど、そこははっきりしない。なぜこのタイミングで脱退したのか、今でははっきり思い出せない。
    考えられるのは津君がプロ志向ではなかったということ。でも、それは僕の推測にすぎない。でもそれならそれで、デビューが決まった時に言えばいい。実際変わりはいくらでもいる世界。逆にクビになることだってある。
    僕も経験した。
    だから津君には全国大会に出てほしかったと思うのは、今も変わらない。

    僕自身は、自分が代わりに叩いていいのかなと思いながらも、困っている様子を見て、結局全国大会だけ叩くことにした。

    前座は、前回大会グランプリのTMネットワーク。
    コンテストのあとには原田信二と杏里のゲスト演奏もあった。
    原田信二のバックのドラマーが、筒のようなタムを使っていたのが印象に残っている。今振り返ると、豪華な顔ぶれだった。

    コンテストの内容は、山本コータローさんがパーソナリティを務めるラジオ番組の音源に残っている。「スパニッシュフリー」「ZigZag」「パフェ」「田中ひろのぶ」「かや」「ファウスト」「大和みえこ」。
    中でも個人名の出演者はかなりレベルの高い演奏で、プロのミュージシャンがバックをしていると聞いた覚えがある。
    特に大和さんは印象に残っている。

    このコンテストでZigZagは見事にグランプリを獲得した。
    その後、「東京コロンビア」で数曲デモテープを録音し、事務所も決まり、ワンマンコンサート「夢遥かなり」を経て、デビューを果たした。

    母は喜んでくれたけれど、POPCONに出たときと同じように、「もう気が済んだでしょう。帰ってきてください」と言った。
    今回はそれに加えて、「お父さんは胃の中にでき物があります。あなたが帰ってくれなければ、手術もできません」というものだった。
    それでも、このことで悩む時間は長くはなかった。

    こうして、何年も先延ばしにしていた「卒業したら家の仕事を継ぐ」という約束を、やっと果たすために実家に帰ることを決めたのだった。

    28歳。じつに広島に来てから10年の月日が流れていた。


    フレッシュサウンドコンテストでのZigZag

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    明星に載った。ちぃ~~さ~~~く🤣

    つづく


     
     

    alpaca

     
     
    EAD10でドラムを簡易録音し、元音源のドラムと差し替えて疑似セッションを楽しんでいます。 そんな音源とともに、自分の思いや経験を重ねながら、少しずつ書き留めていけたらと思っています。、 よろしくお願いします。1957年生まれ。

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